ダーウィンの使者

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グレッグ・ベア 著/大森望 訳
ブックデザイン 鈴木成一デザイン室
ヴィレッジブックス
ISBN4-7897-1976-6 \800(税別)
ISBN4-7897-1977-4 \800(税別)

種の"幼年期の終わり"

 アルプス山中で偶然発見された、数万年前に亡くなった思われる親子三体のミイラ。発見者に同行してその遺骸を目にした人類学者ミッチは、その遺骸に不可解な特徴を認めていた。両親と思われる男女二体は明らかにネアンデルタール人の特徴を備えている。だが、嬰児の躯はそれとは全く違うものだったのだ。

 同じ頃、世界では二つの大きな問題が表沙汰になろうとしていた。一つはグルジア。とあるうち捨てられた村から、大量の虐殺死体が発見されたのだ。当局は第二次大戦時における狂気の結果だと強弁するが、それらの死体はそれほどに古いものとは思えない。しかも悲惨かつ不可解なことに、見つかった死体の女性たちは、みな妊婦だったのだ…。もう一つはアメリカ、そしていずれは世界に蔓延することが予想される奇病の存在。ヒトの遺伝子に残りながら、ここまでは動きを潜めていた内在性レトロウイルスが原因と思われるその感染症は「ヘロデ流感」と名付けられた。それは性交渉を通して感染し、妊婦のみに作用して彼女を確実に流産させてしまうと言うのだ。しかも驚くべきことに、「ヘロデ流感」に感染した女性は、その後性交渉が無いにもかかわらず、子宮内に新たな命を宿していることが判明したのだった………。

 ええと、面白いSFってのは、たとえば科学の最先端を扱うハードSFなんかで、門外漢には理解の範疇をはるかに超えたようなところでお話が進んでいるようなときであっても、そのお話の進行ぶりそのものを追いかけていくだけで、なんだかイマイチ訳はわからないんだけど読むことがワクワクしてたまらない、みたいな魅力を持っているものだと思う。初期のホーガンのSF作品とかがいい例だ。で、この本もそんな一冊。最新の進化論であったり、遺伝子であったり、レトロウィルスであったり、次々と聞いたこともない単語が飛び出してくる訳で、どこまでが事実でどこからが著者の創作であるかなんてもとよりこっちには判りゃしないわけだが、一つだけはっきりしてることがあって、それは、ここで繰り出されるハッタリがとても心地よい、ってことなんだな。

 SF的大仕掛けの部分は、言うまでもなくこの、レトロウィルスを仲立ちにして今、ヒトという種に何が起ころうとしているのか、って部分に、実はこうなるんだよー!というハッタリがかまされるところにあるわけだが、このハッタリが実に大風呂敷なんだけど、そこに描かれてる図柄が妙に懐かしいものだったんでなんだかうれしくなっちゃった、って感じで判っていただけるでしょうか。「うあ、すげー…っておい、それは前にどこかで…」みたいなのね。で、それは不愉快な気持ちになって言うんじゃなく、妙に落ち着くというか、「ああ、SFってこんなんだったよなあ」ってしみじみ思えてなんだかうれしいというか。

 グレッグ・ベアと言えばデビュー作(でしたっけか)の「ブラッド・ミュージック」でも一度「種」と言うものをテーマにしていたわけだけど、あちらが(タイミング的なものもあるんだろうけど)サイバーパンク・ムーブメントの先駆けになるような鋭いイメージを持った作品であったとすれば、こっちは対照的に保守本流、最新の科学情報を上手に取り入れながら、SFの王道テーマの一つである「人類とは」ってヤツに向かい合っている。しかもアイデアと思考だけで本を構成するのではなく、ここにしっかり物語の要素も持ち込んでくれている。なんていうかな、「大家」の仕事をしてるなあ、と、未だにベアというとかすかにサイバー・パンクって言葉が浮かんでしまう私なんかにとっては、妙な感慨がわいてくるのでありますよ。

 サスペンスの風味、三角関係のやきもき感、ポリティカルサスペンスにちょっとしたロードゴーイング・ムービーっぽい、しみじみとした味わいと、ストーリーの進行につれて色合いを変えていくお話の構成なんかは大したもの。もちろん全部が全部うまくできてるとは言えない、というかかなりアラもあることは事実だし、もしかしたら読む人が読んだらSF的なアイデアの部分もツッコミが浅いのかも知れないんだけど、でも、グレッグ・ベアという現在ただいまのSF界のトップランナーの一人が、こんな、妙に懐かしい感じのするSFを書いてくれたことが妙にうれしく、ええもん読んだなあ、としみじみ満足させていただきました。この手のSFだとかならず顔を出す、神様の出番がないのもステキ。

 いまわかった。肉体がすべてで、魂なんか無だ。

 ここまで言い切ってこそ、SFだと思うのですよ、私は。

02/12/28

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