イカ星人

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北野勇作 著
カバーイラスト 前田真宏
カバーデザイン 神崎夢現 [海老原泰幸]
徳間デュアル文庫
ISBN4-19-905114-7 \505(税別)

イカは如何にして以下のセッションをモノにしいか(最後ちょっとツライカ)

 イカ…らしい。売れないSF作家、Kのまわりが急に様子を変えたのも、そういえば少年時代の様々な体験や、父との思い出の、一番鮮やかに残っているいくつかの断片と、そこにまつわるちょっと不思議な感覚も、思い出してみればいつもそこにはイカがいたのだ。それは時にぐにょぎにょむにゅうとしたイカソーメンだったり、青いと言われるその血の色だったり、真っ黒のイカスミだったりするのだけれど、とにかくそこにあったのは必ず「イカ」だったのだ。しかもこのイカ、どうもわれわれが知っているあのイカとは、ちょっと違った存在らしい…

 「かめくん」の北野勇作氏の今年の新作。「かめくん」が、ほんの少し前に見た覚えのある日常の中にぽつんと置かれたちょっと異質なものを巡って進む、ちょっともの悲しいお話だったとすれば、こちらは今と懐かしい過去を行ったり来たりしながら、「何かヘンなものがいるらしい」世界で起きる不条理を思いつくまま綴ってみせる、ジャズで言うところのインプロヴィゼイションってヤツですか。あるいは洒脱なコメディアンによるトークライブみたいなものというか、そんな感じ。そのリズム感と(少々ベタな嫌いはあるとはいえ)お話をすとんと落としてみせる、そのうまさはさすが。こういうのは天性の感覚が大きいんだろうな。その事を特に感じるのが音。この人の音のセンスはとても好きだなあ。"くんくんくうん"とか"ついついつい"とか"ぷうあ、ぷうあ、ぷうあ"とかいう擬音が、妙にこのお話にいい味を加味してくれてると思う。

 「かめくん」や(読んでないけど)「ザリガニマン」の世界と微妙にシンクロするところもあるようなないような、微妙なほのめかしもあるけれど、これは全部、北野勇作というプレイヤーが自分の抽斗の中にしまってあるいろんなものごとを脈絡なく引っ張り出してきては、「イカ」というキーワードで繋いで見せる、って言う作りになっているからだと思うんで、読んでる方もあんまり深く考えずにプレイヤーのアドリブのリズムを楽しめばいいお話ってことなんだろう。悩まないで素直に文章を追っかけていくのが妙に楽しい本。

 ただね、セッションも時々パターンを外したりしないと最後には新鮮さがなくなっちゃうわけで、残念ながらラストはちょっとオチが見えちゃう感じがあるのが残念かも。さらにもう一段、オチが用意されてたのは「やるな」って思ったけどね。

02/12/17

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