かめくん

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北野勇作 著
カバーイラスト 前田真宏
カバーデザイン 神崎夢現(海老原秀幸)
徳間デュアル文庫
ISBN4-19-905030-2 \648(税別)

限りなく切なく哀しく、でも微妙に居心地悪い

 かめくんはカメだ。でも、亀じゃあない。カメと呼ばれる、木星付近で戦われる戦争で各種の兵器をオペレートするために開発されたヒューマノイド・レプリカメ。カメたちはその経験や知識を「甲羅」にため込み、地球に戻ってきて、一定の整備と休息を経たのちに再び戦場へと向かっていく。いま、かめくんは地球でフォークリフトのオペレーターとして働いていた。古びたアパート、「クラゲ荘」を住処に、時々図書館に出かけては本を借りて読みながら。好きなものはスルメとリンゴ、それから………。

 2001年の日本SF大賞受賞作。カバー裏の惹句に曰く、異才が描く空想科学日常小説。うん、うまいこというなぁって感じ。戦士がつかの間休息を取る、ってシチュエーションは、そりゃもうこれまでいろんな人がそれをテーマにしたり、別のお話の中の1エピソードとして書いたりしているけれど、ここまで日常のディティールを丹念にかつ微妙なペーソスを交え、さらに全体として見てみるとしっかりSFになっているお話を書いた人っていうのはいなかったんじゃないかな。非常にありふれた日常の中に、異質のものが紛れ込んでいるのだけれど、それが異質であることを意識しているのが実はその、異質のものだけである、というシチュエーションがちょっといい。

 ごく普通の日常のなかで、ちょっと異質なものが自分のアイデンティティ(みたいなもの)ってなんなんだろう、ってことをそれほど深刻でもなく考えていくってお話で、ここにちっちゃなSF的アイデアがいろいろと積み重なっていって、気がついたらかめくんという愛らしい存在を通じてこのお話の世の中の様子が、案外辛いものであることが徐々に見えてくるって構成もうまいと思う。全体に漂う飄々とした語り口にも好感を持った。中盤以降、じわじわとこっちに寄せてくる妙な哀しさみたいなものもとてもいい。

 その上で、微妙に読んでいて居心地の悪さも併せて感じたお話だったことも付け加えておく。SF的ないろんなアイデアに加えて、様々なパロディというかオマージュというか、そんなものがあちこちにちりばめられているのだけど、これがどうも、なんていうかこう、読んでてケツのあたりが妙にもじもじしてきちゃうと言うか………。決して意味のないおふざけとかじゃなく、それぞれに意味があって過去の小説や映画なんかが引き合いに出されるわけなんだけど、その引き合いに出されるアイテムの選択が、どうもこう、ハマりすぎというか、「そうくるよなあやっぱり」的感覚に満ちあふれているというか、ううむ………。

 こう、大原まり子作品を読んで感じる妙な違和感に近いものを感じちゃうんだな。こういうのはなんて言うんだろう、近親憎悪?んー、そういうのともちょっと違うような………。

 そこの所の引っかかりが妙に気になった分、とてもいいお話なんだけど、心ゆくまでしみじみとひたるとこまではいけなかったかなあ。

02/03/30

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