亡国のイージス

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福井晴敏 著
カバーデザイン 樋口真嗣
デジタルドローイング 江場左知子
講談社文庫
ISBN4-06-273493-1 \695(税別)
ISBN4-06-273494-X \695(税別)

撃つ前にためらう勇者

 米軍に依存しすぎた防衛体制に一石を投じる意味合いもかねて打ち出された海上自衛隊の増強プラン、それは現在就役している護衛艦すべてを、簡略型ながらもイージス・システムを搭載した、ミニ・イージス艦とすることで、海自の防衛能力を格段に向上させようとする物だった。その計画の一番手として選ばれた第二世代の護衛艦、"いそかぜ"は今、すべての艤装を終え、新システム習熟のための増員も終え、試験航海を待つばかりとなっていた。だが、海自での生活のほとんどを、この"いそかぜ"で送ってきていた先任伍長、仙石には、自分の愛する"いそかぜ"が、微妙に、前と違う物になってしまったという感覚をぬぐい去ることができないでいた。新任の艦長は海自でも屈指の名艦長の折り紙付き、副官以下のスタッフも艦長、宮津が鍛えた逸材たち。なんの心配もないはずなのだが、しかし…

 そんな仙石の違和感は、やがて現実の悪夢となって"いそかぜ"、ひいては日本を巻き込む悪夢の形で実体化することになったのだ。

 1999年の刊行当時から話題になった一作。ちょっとタイミングが合わずに文庫化されてもしばらく手に取れないでいたのだけど、ようやく読むことができた。で、これは間違いなく日本の冒険小説史上屈指の傑作の一つ。イージス艦、と言うハイテクの産物がメインになる物語だが、これはあくまでも冒険小説として、その必要条件を心憎いまでに満たした傑作になっている。主人公、仙石というそろそろトウのたち始めた中年男が悩み、打ちのめされ、それでも再び立ち上がって戦いに赴く、その流れがもうすばらしい。冒険小説ってのはこうでなくっちゃ。

 この、主人公の戦いの物語に絡んでくるサブキャラ、キャラクターたちを取り巻くシチュエーションの書き込み、そして二転三転するプロット、その中でもまれ、打ちのめされ、それでも譲れない一点のためだけにボロボロになった自分にむち打ってもう一度戦おうとする主人公(というか主人公をはじめとする登場人物たち)。ここに共感できない人は冒険小説なんか読まない方が良い。

 そのストーリーの展開から、どうしてもダウナーなニュアンスで「タカ派」呼ばわりされてしまうことが多かったであろうことは容易に想像できるのだけれど、その上文庫カバーの惹句がすべての日本人に覚醒を促す魂の航路なんてやらかしてくれるからさらにおかしな誤解を生んでしまうのだと思うのだが、これは、「日本人」とか「日本」とかがどうしたこうしたというしょーもない話ではないのだよ。一人の人間が、自分が生きる意味を自分で取り戻す話なのだよ。それ以外はおまけ。蛇足覚悟で追加するなら、主人公、仙石のこんな台詞をこの物語にケチつける人はちゃんと読んでいるのかと問うておく。

「そうかもしれねえけど……。おれは、それでも考えるのが人間だと思う。ためらうのが人間だと思う。そうでなきゃ、動物と変わんねえじゃねえか。考えて、悩んで、ためらって……その一瞬に殺されちまうのかもしれねえけど、そうすることで、もしかしたら戦争なんかやんないでも済むようになるんじゃねえかって……そう思いたいんだ」

 冷静になれば「それはないだろう」と思うところは多々あるのも事実。でも、それを、読んでる間は気にさせないだけの筆力がこの本には充満している。いやこれはすてきだ。今までほったらかしてた自分に深く懺悔。

 それはさておき"カバーデザイン、樋口真嗣"。ううむこれは………。

02/11/24

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