蒼いくちづけ

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神林長平 著
カバーイラスト 目黒詔子
カバーデザイン ハヤカワ・デザイン
ハヤカワ文庫JA
ISBN4-15-030701-6 \580(税別)

実に愛らしく、それゆえ"らしくない"掌品

 「生きていても、何もいいことなんかなかったわ」、そう、今までは。彼女の名はルシア。月面の人工都市に暮らす17歳。テレパスであるが故に孤児院でも疎まれ、孤児院を脱走してからも何もいいことなどなく、一人でひっそり生きてきた。そんな彼女の前に現れた男性、チャド。初めての恋。相手は地球生まれの若いが裕福な貿易商。そして彼もまたテレパスであり、それ故に彼の愛にはなんの疑わしいところも、妙な下心も隠れていないことがはっきりとわかった、はずだった………

 「宇宙探査機・迷惑一番」同様、前に光文社から出ていたもので、そのときには読んでなかった作品。1987年の作品で、年代的には「迷惑一番」、「今宵、銀河を杯にして」に続くもの。精神感応力を持った少女が、極限に近い感情を持った瞬間にその脳の活動が停止するような何かが起きたとき、強い意志は脳以外の器官に宿り、一種の残留思念のような状態で世界にとどまる、という筋立ては、確かに常に"情報"を重視する神林SFらしい切り口であるといえるかもしれない。テレパス犯罪者専門の警察機構の捜査を逃れるために、次々とテレパスの精神感応細胞を移植し、別のテレパスになりすます犯罪者(その名前、ブートタグ、てのは海賊盤を意味するブートレグに引っかけてるのかなあ)と生身に、またテレパス能力を備えた刑事たちの追いかけっこをメインに据えたSF警察小説っぽいところもあって楽しめる。

 ただ、個人的にはこれは神林長平が書かなくてもいいお話なんじゃないかなあと言う感じも少々ある。小粒ながらまとまってるし、それなりに美しいお話なのだけど、「神林SFを読んでる」つー緊張感には乏しいかも。(未来の)警察小説としてのおもしろさがたっぷりあって、そこはいいし、そのジャンルの小説としてしっかりまとまっていると思うんだけど、神林SFが醸し出す、妙に不安な感じ、みたいなのが希薄な感じがするんだった。実はこれ、「迷惑一番」でも感じたんだよな(こちらは光文社文庫の時に読んだのだけど)。「え、これ神林SF?」てな違和感。間に挟まる「今宵…」はしっかり神林SFしてたと思うんで、この二作だけ私の中ではかなり異質な印象がある。光文社文庫のターゲット的に、あえて神林モードは抑えたのかな?んーむ。

02/09/23

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