草莽枯れ行く

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北方謙三 著
カバー 安彦勝博
集英社文庫
ISBN4-08-747442-9 ¥952(税別)

人斬り抜刀斉は登場しません(あたりまえ)

 賭場には似つかわしくない侍だった。いきなり一両を前に出し、屈託なく「あんたに張った」と言う。賽の目ではなく、その男のばくちの打ち方自体に金を賭けたいのだと。張られた男は清水の次郎長、そして張った男の名は相楽総三といった………

 マンガ「るろうに剣心」では登場するなり首だけになっちゃった赤報隊の産みの親、相楽総三の生涯に、清水の次郎長、新門辰五郎、黒駒の勝蔵、吉良の仁吉といったおなじみの博徒たち、土方歳三、坂本龍馬、勝海舟、西郷隆盛、板垣退助、岩倉具視と言った幕末の有名人たちを絡めて描く北方幕末史劇。いつもの切れ味鋭い文体は健在で、700ページに及ぶ長編なんだが一気に読んでしまえるおもしろさ。

 なんせ件のマンガで初めてそういう人物がいる、と言うのを知った程度のぷーな認識しかなかったので、個人的には「ほうほうそうだったのか」とちょっと歴史の勉強も一緒にやったような気がしてなかなか得な気分になったんだけど、この辺は"幕末マニア"みたいな人たちからみると、それなりに異議申し立てがあったりするのかもしれない。ただ、コイツは北方歴史小説なんで、たとえば司馬遼あたりのそれとは決定的に作者の視点が違ってるわけなんで、そこであーだこーだとケチをつけるのは野暮ってモンである。

 北方歴史小説の醍醐味ってのは、個人的には"破れざる者"の戦いを描く、その凄惨さと一種のすがすがしさにあると思うわけで、本作でもそのテイストは健在。倒幕運動の最大の大立て者、西郷隆盛と岩倉具視を一種の近代的な打算を充分持ち合わせ、目的のためにはいかなる謀略も厭わない一種の怪物として捉え、その対局に、徹底的に割り切った人生を送ることをよしとする、次郎長や辰五郎のような博徒たちを置き、その間に自らの信念を完遂しようとする倒幕、佐幕双方の人物たちを配置して幕末の動乱を描ききるあたりの構成はさすがにうまい。

 主人公は相楽総三なんだけど、むしろこの物語で一番重要な人物は、総三と心を通わせる清水の次郎長なんだろうな、と言う感じがする。結局相楽は自分の信念を貫くための行き差しならない成り行きから、幕末最大の怪物たちの手の上で自分の運命を全うせざるを得なくなってしまうわけだけれど、その相楽と相通じるものを持ちながら、やくざである、と言うその一点をかたくなに守った次郎長が幕末という荒波を無事に乗り切ってしまった、と言うあたりに人の信念とは別の、拠って立つその立ち位置が違っていたばかりに起きた皮肉、みたいなものを感じてしまう。

 「やくざは、みんな同じさ。そして、命を投げ出すのはそれほど難しくねえ。やさしいことばっかりやるから、やくざとも言えるんだ。」

 さすがにほんまもんのやくざ者は一味違いまさあね。

02/06/07

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