東京アンダーワールド

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ロバート・ホワイティング 著/松井みどり 訳
カバー Rodeo
角川文庫
ISBN4-04-247103-X \838(税別)

悪党から"華"がなくなっていく戦後史

 ニューヨークの貧民街に生まれ、ギャングたちの生き様を見ながら育った一人のイタリア系アメリカ人。彼は一攫千金をもくろんで兵士となり、焼け野原となった1945年の東京にやってきた。彼の名はニコラ・ザペッティ。軍の物資の横流しや、インチキ賭博などを経て、六本木に彼が開いたピザ・レストラン、「ニコラス」には、毎夜各界の著名な外国人が訪れるようになる、さらに、闇社会に生きたニコラスとは因縁浅からぬ、日本の闇社会の大物たちも。そして彼ら暗黒街の大物たちとは切っても切れぬ縁のある、与党自民党の大物代議士たちもまた………。いつしかニコラスは「東京のマフィア・ボス」と呼ばれるようになり、彼の店「ニコラス」も、日本の暗部に動きがあるときに重要な役割を果たすスポットとなっていたのだった………。

 「菊とバット」などで知られるロバート・ホワイティングが、終戦直後からバブル崩壊に至るまでの東京と、そこに巣くい、闇社会で生きるものたち、彼らと切っても切れないつながりを持つ政財界人たちの姿を、一人の怪人物の一生を軸に描いた大作ドキュメント。

 政財界とヤクザの癒着なんていうのは、もう折に触れてはマスコミをにぎわす話題なのだけれど、そういえば日本では、児玉誉志夫とか横井英樹とか田中角栄とか、そういう個人レベルや、ロッキード事件とか丸紅疑惑みたいにトピックのレベルでは突っ込んだルポルタージュが発表されることはあっても、それらの流れを、時系列に沿って並べてみせる取材をやってのけた人物というのはあまりいなかったような気がする。

 古くは造船疑獄から最近の証券不祥事に至るまで、その根っこにあるのは常に、キャストこそ違え構造はいつも政財界とヤクザ社会の癒着というものであるわけで、で、その根底にあるのはいつの世も利権な訳だ。で、その利権ってモノに人一倍敏感なんだけど、なかなか日本人の世界に慣れることができず、大もうけと大損を繰り返すどこか憎めない悪党、ニコラを中心に据え、この街にうごめく数多の闇社会の断面を切り取ってみせるホワイティングの腕は見事なもんだと思う。ホワイティング自身、ニコラとは面識もあったようで、闇社会の動きの一端を掴める場所に近かった、ってあたりは有利だったろうけれども、それにしても緻密きわまる取材の結果であるよこれは。

 闇社会と表の社会の境界ってのは、そういうモノを普段見ていない我々の想像を絶するくらい広くて深いものなのかもしれない、という気がしてくるあたりはちょっと怖いな。我々にしてみれば、たとえば何かの不祥事があったときに必ず何人かは出てしまう自殺者というのは、その報道の通り「ああ、自殺しちゃったのか」的な感想しか持たないけれど、実はそうではないかもしれないわけで、我々が普段目にする報道とは全く違う「事実」ってのが、世の中にはもしかしたらずいぶんたくさん隠されているのかもしれない。ラスヴェガスで大損したハマコーの、その損失が実は、CIAから極秘に供与された選挙資金の返済目的の、計算された損だったのかもしれない、なんて噂に至ってはもう笑うしかない感じだ。

 ホワイティングの著作というのは、基本的に日米の文化の比較がメインテーマになっているわけで、そのテーマに沿って東京という街の戦後史を綴ってきたことがこのユニークで読み応えのある本に結実したのだろう。著名政治家、ヤクザの大物、そして戦後最大級の国民的ヒーロー、力道山など、キラ星のような登場人物による日本の闇社会を通じて語られる、日米比較文化論、てのが著者の意図なんだろう。ただ残念ながらその部分は、あんがい通り一遍のものになってしまっている感じもある。今までに何度もそりゃ聞かされたよ、って感じ。

 なんだけど、そんなことを別にしても、一人の悪党を中心にした、日本の闇社会の戦後史としてこの本はかなり読みでがあると思う。続編「東京アウトサイダーズ」も読んでみたい。

 それにしても、本書の中でニコラも嘆いているけれど、今や悪党たちも様変わりしてしまい、仁義だの任侠だののかわりに財テクだのマネーロンダリングだのに優れたものがアタマをとっていく世の中。世界中が小ずるい悪党によってかき回される世界になってしまったものだよ。特に政治家にその傾向は顕著だよなあ、などと嘆いてしまうのは、果たしていいことなのか悪いことなのか。

02/05/22

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