さらば、愛しき鉤爪

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エリック・ガルシア 著/酒井昭伸 訳
カバーイラスト 桔川伸
ブックデザイン 鈴木成一デザイン室
ヴィレッジブックス
ISBN4-7897-1769-0 \860(税別)

やけに人間離れしたアイツは………

 おれはヴィンセント・ルビオ。職業私立探偵。かつてはこの世界じゃあそれなりに名の通ったタフガイだったものだが、良き相棒、アーニーが交通事故で死んでしまってからこっち、完全につきに見放された毎日を送ってる。アーニーの死に不審なものを感じてはるばるロスからニューヨークまで出かけたはいいけれど、そこで起こした大騒ぎで"評議員"の地位は失うわ、それ以降仕事は入ってこないわ、くだらない浮気調査ですらとんでもないドジは踏んじまうわ………。そんなおれに久しぶりに大きな仕事が舞い込んだ。先日起きた最近人気のクラブの火災に、保険会社が不審な点がありそうなんで調べてくれ、ってもの。間に入る大手の探偵社のいけ好かない連中に儲けをごっそりピンハネされてしまうのはしゃくだが、それでも仕事は仕事。おれにかかればチョロい仕事だ。早速現場に………、おっといけない、ちゃんと人間に見えるように、扮装はしっかり整えておかなくては。何たっておれはヴェロキラプトル、人間世界に紛れて生きる恐竜の一匹なのだから………

 前代未聞の恐竜ハードボイルド。6500万年前に死滅したと思われる恐竜たちは、巨大隕石の影響でその数を大幅に減らすことになってしまったけれども実は死滅などしてはいなくて、人間社会に紛れ込み、今もなおその種を存続しているのだ、つーぶっ飛んだ設定がステキ(^o^)。サイモン&ガーファンクルの名曲、「スカボロー・フェア」は、あれはハーブで酩酊する(人間がアルコールでそうなるように、恐竜たちはハーブで酔っぱらうのだ)恐竜たちの事を、正体は恐竜であるポール・サイモンが歌った歌なのだし、ナポレオンの急速な凋落も、彼のやりすぎを憂慮した"評議会"が裏で手を回したかららしい。そう、あなたの隣にいる彼も、もしかしたらその正体は恐竜なのかもしれないのだっ、ってあなた、今ほど変装技術が発達してない時代、恐竜たちはどうやって人間に化けてたですか、とか、いったいあの、人間とは似ても似つかぬプロポーション(だってステゴザウルスとかも種としては存続してるんだぜ)の恐竜たちを、どうやったら人間型ボディスーツに押し込めることが出来るですか、とか、そういう野暮はとりあえずおいとけ。「進化の頂点」とかなんとか浮かれてる人間たちの社会の中に、実は彼らと同じかそれ以上に進化した生き物である恐竜たちが紛れ込み、彼らからしたら原始的な生き物であるホモ・サピエンスと何とか折り合いを付けて生きている、って設定から来るおかしさを笑いながら読めばよいのだ。「ハイペリオン」などで重厚な訳を見せる酒井さんが一転、軽妙な訳文で楽しませてくれるあたりもイイ。

 お話自体は実に良くある、私立探偵もののフォーマットを忠実になぞっているだけなのだけど、何せ主人公の正体が人間に化けた恐竜。ここでこのお話は、ハードボイルドのスタイルを借りたシチュエーション・コメディつー感じになってて、ここのところのミスマッチ感覚がやたら楽しい。ついでに、前半のミスマッチなばかばかしい面白さ、後半になると少々なりを潜め(マジになっちゃうんですな)てしまうんだけど、そうなってからのペーソスもちょっといい。パターンっちゃパターンなんだけど、エピローグにはちょっとじんと来るね。

 もともとが無茶な設定ゆえ、少々ほころびかけな部分も多いのだけど、それを補ってあまりある設定の無茶さそのもののパワーがステキ。なかなか楽しめる一冊。

 無茶といえばこの本、アメリカでも結構な人気を博したらしく、当然のごとく続編も出てるし、テレビ映画化の話もあるんだとか。んーむ、そりゃちょっと調子に乗りすぎでないかい、と思いつつ、現在のCGIのスキル考えたら案外面白いドラマが出来るかもしれんなあ、とか思ったり。ヴィンセント役にはガルシアつながりで、アンディ・ガルシアなんてどうっすかね(金が足りませんよう)。

02/04/26

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