航空管制室

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ポール・マックエルロイ 著/熊谷千寿 訳
カバーイラスト 和田隆良
カバーデザイン ハヤカワ・デザイン
ハヤカワ文庫NV
ISBN4-15-041003-8 \700(税別)
ISBN4-15-041004-6 \700(税別)

ケレンは控えめだけど、悪くない

 全米屈指の空のラッシュ地帯、シカゴ、オヘア空港周辺空域。次々と離着陸の許可を待って空と陸にたたずむ航空機を捌き、スムーズな空の交通を確保すべく日々勤務を続ける航空管制官たち。だが、過密状態の空のトラフィックに、政治家の利権がらみで持ち込まれた安全装置の存在が悲劇への最後の一押しをしようとしていた。航空機どうしの異常接近(ニアミス)をいち早く監視し直ちにパイロットに回避行動を示唆する装置、TCASが二機の航空機に指示した回避コースは、ベテラン管制官、ライアンの目から見れば逆に、危険を増大させるものでしかなかったのだ。直ちに規則を破って危険を警告するライアン。だが彼の行動もむなしく悲劇は起きてしまう。そしてそのライアンの行動は、逆にこの悲劇の責任の大部分をライアンの双肩にかぶせてしまいかねないものになってしまった………。

 ジャーナリスト出身の著者が綿密な取材で書き上げた航空テクノ・サスペンス。雰囲気としてはクライトンの「エアフレーム」あたりのノリと言えるか。ただしクライトンがどちらかと言えば自分の該博な知識を元に脳内でくみ上げたシミュレーションを元に作品を書いているとすればこちら、マックエルロイの作品は、徹底した取材による、地に足のついたリアリティにお話の魅力があると思う。

 日本的精神土壌では、何か事故があったとき、なるべく少数の責任者を見つけ出し、その人物の過失を責め立てて終わりにしてしまう、というか、むしろ積極的に"ひとりの責任者"を探し出そうと躍起になる傾向があるように思えるのだけど実際にはそれですむ話なんかではなく、システムが複雑かつ巨大になればなるほど、ひとりひとりの責任の度合いは小さくてもそれらが重なり合って事故が発生したとき、その悲劇の度合いは恐ろしいほどのものになってしまうものなわけで、あいかわらずそこのところに思いを致すジャーナリズムの少ないことに暗然としてしまうわけだけれども、そういう部分はまだしも日本よりは進んでいるだろうと思ってたアメリカでも、やはり似たようなことは起こってしまうと言うことか(いやまあ起きないとお話が始まらないんだけど)。

 過密な空のダイヤを捌く管制官たちの仕事ぶり(そのクリティカルさ)、利権をむさぼろうとする政治家、ジャーナリストたち、事故の被害者とその遺族等々、様々なキャラクタが存分に動いてて、なかなかどうして楽しめる一作。クライトンほどのはったりがない分、ラストに至る流れはある程度予測されてしまうところもあってそこはちょっと惜しいんだけど、主人公ライアンと、彼と愛し合うことになるヒロイン、クリスティのひとり息子ジェイソンとの心の交流がいい感じなんで許す。なかなか、これは掘り出し物かも。訳者か校正者が少々ズタボロな仕事してるのは困りものだけど、総じて楽しめますです。飛行機好きならお薦め。

02/03/05

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