ドラキュラ崩御

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キム・ニューマン 著/梶元靖子 訳
造型 松野光洋
カバー写真/カバーデザイン 矢島高光
創元推理文庫
ISBN4-488-57603-6 \1,100(税別)

昏く濁った血が織りなすもう一つの歴史

 二度にわたる世界制覇の野望をくじかれたドラキュラ伯爵。今彼はイタリアの古城に居を構え、新たな花嫁を迎えようとしている。ドラキュラと並ぶ古い闇の血族との世紀の婚礼にわきかえる映画の都、ローマ、1959年。その同じ街では、かつてドラキュラと死闘を演じたひとりの男が死を目前にし、街には"深紅の処刑人"と呼ばれる長生者(エルダー)だけを狙う暗殺者が跳梁する………。

 キム・ニューマンによる"スーパードラキュラ大戦"第三弾。「ドラキュラ紀元」の主人公、チャールズ・ボウルガードはヴァンパイアへの転生を拒み続けて今、死の淵にあり、「ドラキュラ戦記」の主人公のひとり、ケイトは二度の大戦を経て自立した女となっている。その他、おなじみの登場人物たち、1959年の世界に暮らす虚実様々な登場人物が入り乱れる、ニューマン流イフ・ヒストリーゴシック風味。今回もおどろおどろしく、楽しい。

 ヴィクトリア朝英国を舞台のゴシック・ホラー、第一次大戦が舞台の仮想戦記ホラー風味、と続いたこのシリーズの最新作は、戦後間もない、ヨーロッパ映画に活気があった時代のイタリアを舞台にした、一種狂騒的な雰囲気をたたえた、ちょっと軽く、それからロマンティックな風味に満ちたお話になっている。第一作からのヒロイン、ジュヌヴィエーヴ、彼女と対を成す女性、ペネロペ、そして三人目のヒロイン、ケイトがとても魅力的。

 このシリーズならではの、虚実入り乱れる"由来のある人物"たちも楽しい。注や巻末の人名辞典と首っ引きになっちゃうんだけど、ドラキュラの故郷、ルーマニアを統べるのはあのチャウシェスク。英国の秘密諜報員、ヘイミッシュ・ボンドと彼に対抗するスメルシュのエージェント、大作映画、「アルゴ探検隊の大冒険」はこの世界ではプロデューサーがディノ・デ・ラウレンティス、脚本をエドガー・アラン・ポーが書き、監督はフリッツ・ラング。出演にオーソン・ウェルズとカーク・ダグラス、ヘラクレスを演じる俳優はアメリカ人で、眼鏡をかけると知性的に見えるが肉体はムキムキなケントという人(クラークさんなんだろうね)。どうでもいいけどこのメンツの「アルゴ探検隊の大冒険」、マジで見てみたいよ。その他にもお話の狂言回しの一部をつとめる若者が「太陽がいっぱい」の彼だったり、お話には登場しないけど「ピンク・パンサー」のクルーゾー警部もどうやらこの世界では実在してるらしかったり、もうこれでもかのキャラクタ・オンパレード。

 なにせ人の生き血をすすって生きる吸血鬼たちがメインのお話、かなりダークで血なまぐさい描写も続くんだけど、なんつーかこの、20世紀の軽薄な世相が適当に毒消しになってくれたような感じで、前二作よりはかなり軽く、読みやすいモノになっているような気もして、そこは歓迎できるような、そうでもないような、微妙なところだな。お話的にも前の二作よりも(ボウルガードを巡るジュヌヴィエーヴ、ペネロペ、ケイトの)ラヴ・ストーリィ的な部分が強調されてる分、確かにとっつきは良くなったように感じる。ただ、その分お話が早く終わってしまったような感じがして、変な話だけどそこがちょっと残念。もう少し、このお話を読み続けたいのに、無情にもお話は終わってしまうのでした。なんかこう、血を思う存分吸うことのできなかったヴァンパイアの気分だよ。うんざりするぐらい長い、てのが逆にこのシリーズでは魅力だったような気がするんだけど、今回はなぜかさくさく読めちゃって、それが不満に思えるというのは、どうみてもオレが間違ってるような気もしますけどね。

 さてニューマンさん、第四作も執筆中なんだとか。今度は1970年代後半のハリウッドが舞台だとか。んー、その時代だと、"長身で上品だが目には狂気をたたえたキシダという日本人ヴァンパイア"にも出番がありそうな気がするんだけどなあ。英語のできる人、ニューマンさんに一声かけてよ(^^;)。

02/01/30

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