偶然の音楽

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ポール・オースター 著/柴田元幸 訳
カバー装画 塩田雅紀
新潮文庫
ISBN4-10-245106-4 \590(税別)

 ポール・オースターの本を読むのはこれが二冊目。以前に読んだのは「ムーン・パレス」で、これはなんていうのかな、本当のところどん底状態にいるはずの若者が主人公なのにもかかわらず、彼の周りというのはなんだかずいぶんと(『乾いた』感じもあるけれど)澄みきった世界が拡がっていて、それほど大きな物事が起きるわけでもないにもかかわらず、なぜかついつい先へ読み進みたいと思ってしまう、不思議な魅力に満ちた本だったように記憶している。そのせいか、オースターという作家はドライなところがありながらも本質的には"癒し系"が持ち味の作家なんだと思っていた。で、そんなのはこっちの勝手な思いこみでしかなかったことを思い知らされた。

 妻との離婚の後、普通の人生を送ることに言いようのないむなしさを感じ始めていた消防士、ナッシュ。そんな彼の元に突然転がり込んだ20万ドル。それは30年以上も前に彼とその姉を捨て、行方しれずになっていた父の遺産だった。思いも寄らない大金が転がり込んできたナッシュは、衝動的に職を捨て、住んでいた家もその家具も捨て、赤いサーブを買ってあてどのないドライブに出かける。一年以上も当てのない旅を続けたナッシュだったが、そんな放浪にも終止符が打たれる時がきた。とある町で、袋だたきにあって息も絶え絶えの若いギャンブラー、ジャックを拾ったそのときから………。

 生きる目的を見失ってしまった人物が、とあることから生きていく上で何があればいいのか、何をすればいいのかを見いだしつつある、その過程を淡々と描いていく、という部分は確かに「ムーン・パレス」に通じる物があるし、(少々ネタバレになっちゃうけれど)乾いた貧しさが一種の清々しさをまとって描かれているあたりもまた、そんな感じを持たせてくれる。だけど「ムーン・パレス」の世の中は案外シンプルだったけど、「偶然の音楽」の世界は、それに比べると少々不条理の度合いが強い世界だ。どんなに貧しくても、いいことが起きるのは、いいことが起きるのを願うのをやめた場合に限られるという事実(「ムーン・パレス」から)がしっかり存在する世界ではなく、物事はなんの理由もなくただ、結果だけが積み重なっていくような世界。人はだから、結果に対して自分なりの目的を後付けせざるを得ないような世界。そんな境遇にナッシュとジャックは放り込まれてしまうわけで、そこで彼らが出会う様々な物事には、一貫性もなければ理性的なところもない。世界がそうなら、オースターの筆までもがそういう感じで、なんというのかな、その物語はあまりに唐突で、救いがないように感じられる。

 では不快なだけのいやな本なのかというと、決してそうじゃないんだよな。確かに読み終わったときに、この物語の登場人物たちのほとんどが、実は何もなし得ていないのだけれども、でも「何かがなされようとしているかもしれない」と思わせる瞬間も確かにあって、その時にはやはり、不思議と上向いた気持ちでお話につきあっていける。それだけにこのラストは、ううむ………

 気持ちのいい本ではない。でも、不思議と気になってしまう本であった。物語のおもしろさに身をゆだねればいい本ではなく、物語の随所随所で、ちょっと立ち止まって行間に込められた意味を考えてしまう、そんな本。いろいろ、考えさせられる本ですな。

01/12/22

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