アメリカン・タブロイド

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ジェイムズ・エルロイ 著/田村義進 訳
カバー写真 Nick Vaccaro/amana images(上巻)・Carl Mydans/Uniphoto Press(下巻)
カバーデザイン 坂田政則
文春文庫
ISBN4-16-752788-X \667(税別)
ISBN4-16-752789-8 \667(税別)

 一人の男の登場が、アメリカ全体を熱病のような狂騒に包み込もうとしていた。ジョン・F・ケネディ。彼と彼の弟、ロバートの登場は、政界と癒着して莫大な利益を上げていた暗黒街の顔役たちに深刻な危機感を抱かせるに十分なものだった。折しも対外情勢ではキューバに革命の兆しが見え、国内ではジミー・ホッファによる、労働組合の私物化の問題が顕在化、さらに黒人たちによる公民権運動も徐々に盛り上がろうとしている、動乱の時代。ようやく赤狩りの狂熱を過ぎたアメリカを、また新たな熱病が覆い尽くそうとしていた。自らの才覚で、夢と栄光をその手につかもうともくろむ三人の男、ピート・ボンデュラント、ケンパー・ボイド、ウォード・リテル。時に対立し、時に共闘をくんで表と裏の世界、双方の強大な権力者たちと渡り合う道を選んだ三人の男たちの行く末は………。

 ジェイムズ・エルロイ。なんか聞いた名前だと思ったら、この方、ちょっと前に話題になった映画、「L.A.コンフィデンシャル」の原作者なんですな。「L.A.コンフィデンシャル」を含む4作の小説を指して、「暗黒のLA四部作」などと呼ぶそうで、中には今回の作品にも登場する、ピート・ボンデュラントが登場している作品もあるのだとか。で、「暗黒の」四部作に続くのが「アンダーワールドU.S.A」三部作。本作、「アメリカン・タブロイド」がその記念すべき第一作目ってことのようだ。

 裏社会に深く浸透した男、表の社会に属していながら、裏の稼業と深く関わる男、表の社会に生きようとしながら、運命のいたずらでいつしか裏の社会に染まっていく男、という三人の男たちの生き様を軸に描かれる、アメリカの闇の部分の物語。ケネディ兄弟、エドガー・J・フーヴァー、ハワード・ヒューズ、サム・ジアンカーナにジミー・ホッファ、シナトラ、モンローといった実在の人物(ファイティング原田まで出てくる!)が登場し、決して"正史"では語られることのない、アメリカの暗部での権力闘争の様子が克明に描写される。その中で明日の栄光を夢見てもがく三人の男たちのつかの間の栄光、突然の挫折、昏い情念を秘めた再起、そしてその先に待つ結末とはいかなるものなのかを丹念に追っていく、というきわめてヘヴィなクライム・ノヴェル。っていうか"クライム"でも表現は甘いかも知れない。"暗黒小説"とでも呼んだ方がいいんじゃないかと思うぐらい。

 とにかくとことん善人が出てこない。登場人物のほとんどは、程度の差こそあれ悪党。コイツらが悪事をはたらいては虫けらみたいに死んでいく。そんななか、何とかのし上がろうとするタフなピートとケンパー、序盤は二人に軽んじられながらも、自らの復讐の念で徐々に二人と対等に戦えるところまでタフになっていくウォードの三人の描写がいい。とくに基本的に気弱で不安定な性格ながら、復讐の念にかられて自らを強く変えていくウォードがなかなかいい味。彼ら三人がどうなるのか、あまり詳しくは語れないんだけど、情け無用の闇の世界で生きている三人の男の、微妙な心根の変化といった、デリケートな部分にもじっくり筆を割いていくエルロイのペン捌きは見事。ただのド派手な殺し合い小説とはひと味違う。

 もとよりアメリカの闇社会が本当にこういうものであるのかなんて、わかりようはないのだけれども、正史とは異なる、ダークな部分で起こっていたかも知れない物事への考察(しかもこれはかなり"リアル"なんではないだろうか)、というマクロな部分と、その闇のうねりの中でもがく男たち、というミクロな部分の描写のバランスが上手にとれた、一級品の読み物になっていると思った。読書の秋向きの一冊。かなりヘヴィだけど、後を引く何かがある。続きを待つ間に、「LA四部作」も読んでおこうか、って気になっちゃう作家ですな。すごいわこれ。

01/10/22

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