知性化の嵐(1)

変革への序章

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デイヴィッド・ブリン 著/酒井昭伸 訳
カバーイラスト 加藤直之
カバーデザイン ハヤカワ・デザイン
ハヤカワ文庫SF
ISBN4-15-011371-8 \900(税別)
ISBN4-15-011372-6 \900(税別)

 宇宙航行を実現し、自らの手で他の動物たちを"知性化"させることに成功した文明、"主属"。そんな主属の一つ、ブユルによる開発が進みすぎたがゆえ、全ての文明の痕跡を破壊した上であらゆる宇宙航行種族による入植を禁じられた惑星、ジージョ。だが五十万年の時を経るうちに、この惑星には様々な理由から故郷を捨てて宇宙に逃げ出した種属たちが棲みつくようになっていた。つい三百年ほど前にこの星にやってきたヒトを含めた六つの種属は、緩やかな連合体を構成しつつ、いつ訪れるとも知れない主属たちの影におびえながら毎日を送っている。そんなとき、突如ジージョに現われた、記憶を失った一人のヒトの男性。さらに彼の後を追ってきたかのように空を圧して登場する所属不明の大型宇宙船。ジージョに巨大な変革の嵐が襲いかかろうとしていた………

 「スタータイド・ライジング」など、ブリンの一連の"知性化"シリーズ最新作。猛烈なヴォリュームで、何たって訳者の酒井さんご自身が、

 しかも長いだけでなく、密度が高い。本書の枚数は千六百枚強で、ちかごろの基準ではとくに多いほうではないが、バイト数で見ると、千八百枚あった前作『知性化戦争』に匹敵する。うーむ、はかがいかなかったのは、そういうカラクリであったか。

 って書いておられるぐらいで、とにかく読んでも読んでも、なんかページが先にいかない感じがあるんだよな。密度が高い、てのはまことにその通りだと思う。

 その濃密な文体でじっくりと描写される、主属によって知性化された5つの種属と、主属なしに知性化したと思われる、宇宙でも希有な存在であるヒトたちが、本来入ってはいけない惑星でこっそり暮らしている、というコンセプトが面白い。あまり文明を進歩させると、主属たちに関知されてしまうので、徐々に退化していくような方向で文明を維持している、という世界の設定がユニークなのやね。一定の期間が過ぎると朽ち果ててしまう、紙という記録媒体が重視されたり、主属たちがやってきた時に直ちに自分たちの文明的な建築物などを破壊して証拠を隠滅してしまおうという"発破師"ギルドの人々が敬意を集めている、とか、とにかくジージョに隠れ住んでいる種属たちのディティールの描きこみがとんでもなく緻密なんだった。あり得ない環境を作家の想像力で緻密に構成してみせる、って点では、ハーバートの"デューン"なんて言う大作があるけど、こちらも一歩もひけを取っていない。しかも"デューン"は惑星環境はともかく、暮らしているのはやはり人間たちがメインなんだけど、こっちじゃあ6つの全く異なる種属が同時に登場するわけで、それらの設定、描き分けまでもきっちりとやってくれているのには恐れ入る。

 お話の構成も、主要な登場人物たちがそれぞれ別な物語を同じ時間軸に沿って経験していく形式をとっていて、そのエピソードごとに、またそれぞれのディティール(狩人の物語では狩りディティール、ヒトの文化にかぶれた他種属の少年が主人公なら、その種属から見たヒト文化のディティール)が、これまた緻密に書き込まれていて、とてもじゃないけど一気読み不可能なくらい、"濃い"のだこれ。

 さてその猛烈に濃い描写で語られるお話のほうはというと、これがまた、千六百枚読んでようやくお話が動き始めたところで今回は終了。「知性化の嵐(2)」へ続く、というわけで(いやはや)。

 ブリンというと「強いアメリカが世界を良くしていくんだぜー」みたいな哲学を、巧妙にSF的な設定上の軋轢の構図に紛れ込ませる傾向があって、そこを嫌う人も多いわけだけど、本作品のバックにも、新しく、若く、古い因習と無縁なものが、閉塞しがちな古い構造に大きな風穴をあける、というようなテーマがこの先高らかに謳いあげられそうな予感が微妙にしてしまうような部分が随所に見られ、そこは少々気にならなくもない。オレはノー天気な「アメリカ万歳」思想も、微笑ましければ構わないと思ってるんだけど、さらに一歩進んで、「アメリカーンな思想こそが人類を救うんだから、さーみんなそれに従えー」までやられるとちょっと困っちゃうな。この先いくつか隠し球も用意されているようなんだけど、さてどんな展開が待ってるんでしょうかね。その濃密さゆえ、コスト・パフォーマンスはピカイチの本ですが、続きが大変気になってしまいますな。何たってこれまた流行の"三部作"なんだもんなぁ。

 あー、最後になりましたが、まだ遥かなる地平(1)を読んでおられない方は、もしかしたらこちらのシリーズが完結するまでは、手をつけないほうが吉かも知れないそうです。ほとんど手遅れだな(^^;)。

01/10/15

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