南京の真実

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ジョン・ラーべ 著・エルヴィン・ヴィッケルト 編/平野卿子 訳
カバーデザイン 川上成夫
写真提供 アマナイメージズ ©RIDER & WALSH
講談社文庫
ISBN4-06-264994-2 \648(税別)

 「南京大虐殺」はあった、なかったという論争は今も飽きずに繰り返されているけれど、「あった」派、「なかった」派がそれぞれその論拠を固めるうえで重要な武器としたことで知られる本。ドイツ、ジーメンス社の南京支社長、ジョン・ラーべによる、1937年〜1938年における南京の様子を綴った日記。

 決して高い教育を受けたわけではないが、30年以上にわたって中国にあってその誠実さで欧米、中国の人々から絶大な信頼を受けた、少々ガンコなビジネスマンが、想像を絶する状況下で己のガンコを貫き通していく物語として大変に読み応えがある。そのセンセーショナルな内容ゆえ、敢えて物語性が無視されてしまっているような気がするが、長年ともに働いてきた中国人たちにあっさり見切りをつけ、帰国してしまうことなどできない、という、まことにこの、損な性格から次々と厄介ごとを背負込みつつ、決して弱音を吐かない中卒モーレツ社員奮闘記としての評価を、もっとしてあげてもいいのではないか。そのガンコぶりを支えたのが、地球を半周した場所から伝え聞く、以下の如きヒトラーとナチスのスローガンを文字どおり実行しようとする信念のゆえだったという皮肉もあわせて。

 "国家社会主義ドイツ労働者党"の名にふさわしい綱領だけど、この美辞麗句を疑うことなく信じることができたラーベはある意味幸せであったのだろう(晩年はその信念ゆえに不遇だったそうだけど)。まさかその日記が今もなお「決定的な資料だ」「贋物だ」などと喧々囂々の騒ぎになっているとは思いもしなかっただろうな。

 さて今もなお問題の真贋問題なんだけど、まず「なかった」派がしばしば取り上げる、「30万人が殺されたというのにラーベの記述ではその期間に難民の数が20万から25万になっている。そもそも難民の数が20万なら30万人殺されたら、南京の人口はマイナス10万人になるではないか」の類いの主張には、ラーベの本だけで反証できると思うのだけどなあ。だってこの本では、ラーベはまず南京の人口は日本軍がやってくるまでは130万であり、そのうち比較的裕福な80万人は先を争って南京を逃げ出したと書いている。この時点で残りは50万。ラーベらが設定した安全区に逃げ込んだ難民が20万なら、そこに逃げこまなかった人がまだ30万人は南京にいたということになると思うのだが。いずれにしてもこの辺、永遠に正確なことはわからないだろう。ラーベの情報がそのほとんどが伝え聞きだったことも事実だったわけで、それを考慮すれば、これだけで虐殺はあった、とする決定的証拠に本書はなりえない、という主張にも一理ある。

 でもな、火のないところに何とやらということわざは、案外核心を突いたものであると思うのだ。それだけを根拠に虐殺はあった、と強弁することも難しいとは思うけど、オレは南京大虐殺と呼ばれる事件は、なかったともあったとも言えると考えている。「虐殺」の定義が、たとえばナチスによるユダヤ人の断種計画のごとき、厳密に計画され、実行された殺戮であったとするなら、南京で「虐殺」はなかったといえる。でもオレには、南京であったこととは、完全にコントロールを失った下士官以下の兵による、傍若無人で過剰な弱い者いじめであった、と言う風に感じられる。殺される側にしてみれば、「殺される」という事実においては何も変わりはない。その点において虐殺はあったともいえるのではないか。喩えがはなはだ乱暴だけれど、海外旅行に出かけた田舎のパックツアーの団体客が、いきなり飛行機の通路で宴会やらかすようなモノだと思うのだ。通常以上のストレスに長時間さらされたうえで、ようやく開放感にひたれたとき、しかもそれが自分の普段の居所から遠く離れた場所であったとき、どういうことが起きるのか、何となく想像できる。しかも日本軍というのは基本的に独断専行を尊ぶ組織であり、良い上官の資質として、鷹揚さがあるような軍隊だ。下のものが上官の命令をあまり厳格に守らない軍隊であっただろうことも想像にかたくない。そんな中で誰かが軍紀を破って暴行に至ったとき、一種の集団ヒステリーのような状態で、我も我もと面白半分に南京の中国人たちを殺しまくった、という事実は充分あり得るのではないか。

 30万、という数字は中国の"外交カード"として設定された数字であるという感じはオレも持つが、それだからといっていきなり虐殺はなかった、という話に持って行くのは無理がありすぎるのではないか。ここを認める勇気を、日本人は持たなければならないのではないだろうか。国を愛するなら、国の汚点をも直視する勇気を持つことは、決して恥ではないと思うのだが。

01/8/14

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