わたしはスポック

b010808.png/3.8Kb

レナード・ニモイ 著/富永和子 訳
カバーデザイン 小栗山雄司
写真提供 ユニフォト・プレス
扶桑社ノンフィクション
ISBN4-594-03123-4 \838(税別)

 「宇宙大作戦」(あえてこっちで)の看板キャラ、ミスター・スポックを演じ、のちに劇場版「スター・トレック」の監督も務めた俳優・映画監督、レナード・ニモイの2冊目の本。ちなみに一冊目のタイトルは「I Am Not Spock」、「わたしはスポックではない」。こちらは出版後、その挑発的なタイトルのせいもあってかなりな話題になった本。残念ながらわたしゃ読んでませんが、当時刊行されはじめてた「スターログ」誌などでも何度か話題になったはず。このときの(スターログの)記事でも、どちらかというとニモイはスポックを演じたことを苦々しく思っていたらしい、みたいなニュアンスで件の本を紹介していたことを思い出す。

 実際にはニモイは、決してスポックを嫌っていたわけではなく、ただ単に自分の中にいる、論理的で感情をあらわにしない異星の生物、というキャラクターの存在とどう折り合いをつければいいのかがわからなく、そのことと、自分の予想を超える、世間のスポックに対する熱狂ぶりに対してのいらだちが件の本の執筆のきっかけになり、さらにその本を書いたことに対しての一抹の引っかかりと、その後の自分とスポック、自分と世の中との関り合いの中からできた気分的な"和解"みたいなものが、20数年ぶりの著作である本書を執筆させるきっかけの一つになったのかな、と思う。(まあ直接的なきっかけは、堺三保氏が解説で述べておられる部分なのだろうと思うけど)

 テレビドラマ史上屈指の有名キャラクタ、ミスター・スポックという存在が一人の玄人肌の役者に与えた影響、まるでカウンセリングであるかのように各章ごとにインサートされるニモイとスポックの内なる会話、さらにはテレビシリーズ終了後、ファンの後押しを受けるかのようにして制作が決定した劇場版とのかかわり、その中で役者として、さらには監督としてキャリアを重ねて行くニモイの半生が淡々と語られてて興味深い本。

 なんといっても面白いのは、普通の人間であるニモイが、人間離れした論理思考の異星人、スポックを演じて行くにつれ、いつしかその影響が本来の人間であるニモイ本人にも現れてくるあたり。こういうのは一種の役者馬鹿でないと達しえない境地なのかもしれない。

 妻「あなた、今週の週末は何をして過ごしたい?」
 夫「ゆっくりできるものがいいな。それ以外は特に注文はないよ」
 妻「だったら、映画に行きましょうか?」
 夫「いいとも。何が見たい?」
 妻「見たいような映画は、特にないけど………」
 夫「だったら、映画に行くのは不合理だ。代案を求めるべきだな」
 妻「レナード………またやってるわ」
 夫「何を?」
 妻「スポックみたいにしゃべってる!」

 わーはっははは。なんとなく解るよなあ(^^;)。そりゃ「わたしはスポックじゃない」っていいたくもなるだろうなあ、って思っちゃう。その他、スポックといえばおなじみ「大変興味深い」の台詞が生まれた瞬間、「長寿と繁栄を」のヴァルカン・サイン誕生秘話(^^;)、テレビシリーズ終了に至る経緯、さらに監督としてのニモイの仕事ぶりなど、興味津々の内容が続々。特に監督業の話はなかなか「興味深い」(^^;)。自分が監督した「スター・トレックⅢ」、「Ⅳ」と、カーク船長役のウィリアム・シャトナーが監督した「Ⅴ」を比較して、やんわりとシャトナーの監督としての手腕を皮肉ってみせたりするあたり、本書では「尊敬できる役者」みたいな書き方をしているシャトナーとの間って、実は本書で書かれているような紳士的な、良いものばかりでもなかったのだろうなあと邪推させるには充分(^o^)。

 それはともかく、レナード・ニモイにとって、スポックって「人格」との出会いってのもまた、一種の一期一会みたいなものだったのかなあ、とは感じさせられますな。普通の人間であるニモイと、人間を超越した論理思考と無感情を思考とするキャラクタであるスポックが融合したことで、新たに大変哲学者肌なレナード・ニモイって人格ができたのかな、という気はする。いくらでもスキャンダラスなネタを暴露できるポジションにいたにもかかわらず、ニモイの筆はあくまで淡々と抑えたもので、まるでスポックが筆を執ってるような感じさえあるんだよな。本書と前後して、シャトナーや(ウフーラ役の)二シェル・ニコルズ、(スールー役の)ジョージ・タケイ、(スコッティの)ジェームズ・ドゥーハン、(チェコフ役の)ウォルター・ケーニッグといった連中、さらにはハーラン・エリスンまでもが「スター・トレック」関連の本を上梓しているらしいけど、こうなるとそいつらも読んで、そのキャラクタと実像のギャップ(あるいはそのシンクロ率)をチェックしてみたいなあと思ってしまうな。STTNGよりはSTTOSが好きな人なら、手にとって読んでみるとちょっと幸せな気分になれる本だと思う。

01/8/8

前の本  (Prev)   今月分のメニューへ (Back)   次の本  (Next)   どくしょ日記メニューへ (Jump)   トップに戻る (Top)