20世紀SF(5)

1980年代 冬のマーケット

b010719.png/5.3Kb

中村融・山岸真 編
カバーデザイン 祖父江慎
カバー装画 小岐須雅之
フォーマット 粟津潔
河出文庫
ISBN4-309-46206-5 \950(税別)

 ついにやってきたSF界久々の大激震、サイバーパンク・ムーブメント。それまでのSF作家がついに空想できなかった未来図が一気にここに来て吹き出した感じ。で、その"未来の衝撃"が、オールドSFファンにはちょっとうれしくない、どちらかといえば暗く厳しいトーンに彩られたものであったことはSFに取って良かったのか悪かったのか。全く新しいビジョンが登場した、って点においてはうれしい事件。その新しいビジョンが、必ずしも明るく希望に満ちたものではないという点では(歴史的な事情もあるけれど)少しばかり寂しい気もしてしまう。収録されているラインナップは以下の通り。

 いよいよ旬な名前が並んでまいりました。この時期の最大の特徴は、解説でも触れられているとおり、サッチャーの改革とそれに続くレーガノミクスに代表される、「強い大国」のコンセプト、つまりは保守反動勢力の台頭。ディクスンの「ドルセイ!」シリーズに代表されるような、ミリタリーSFと呼ばれるジャンルが台頭してくるのもこの時期だよな。

 サイバーパンクのムーブメントが、個としての人間の意識や可能性の拡大をヴィヴィッドに描くわりに、世界を描くことをわりとおろそかにする傾向があるように感じるのは、世界がSFが理想とするような、オプティミスティックに統一された社会にはなりそうにない、ということがいよいよ明らかになってきたことと無関係ではないのかも知れない。一方でしばしば無責任な夢物語でしかないファンタシイがもてはやされ、もう一方で酸性雨とミクロな世界のなかでしか広がりを感じられないサイバースペースの描写に代表される、斬新だけどどこか昏い世界が受け入れられるっていうのは、どこかで社会の情勢を見て、それに対して否定的になりつつもそれを強力に批判することができないSFの限界をもまた、感じてしまっているのかも知れないな。

 なかなかこの、忸怩たる物を感じつつ読んでいくこのアンソロジー、ラッカー(と意外だったけどウィリスも)の馬鹿話、それからベイリーばりの奇想を見せてくれたワトスンの作品が楽しめた。しかし、そこまでのすべての読後感を根こそぎ吹き飛ばしてしまう圧倒的な力に満ちた、ラストのジェフ・ライマンの作品のすさまじさに絶句。恐ろしいほどの重さに少々打ちのめされた気分になってしまう。すごい。これはもうこの一作を読むためだけに、このアンソロジーは編まれたのだと思う。楽しい本ではないが、すごい本だ。

01/7/19

前の本  (Prev)   今月分のメニューへ (Back)   次の本  (Next)   どくしょ日記メニューへ (Jump)   トップに戻る (Top)