地を継ぐ者

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ブライアン・ステイブルフォード 著/嶋田洋一 訳
カバーイラスト 長谷川正治
カバーデザイン ハヤカワ・デザイン
ハヤカワ文庫SF
ISBN4-15-011356-4 \840(税別)

 幾多の絶滅の危機を乗り越え、今や不死とまではゆかなくとも膨大な不老の技術とナノテクノロジーの進歩による強靱な肉体を手に入れた人類。ようやく恒久的な平和が訪れたかに見えた地球だったが、しかしその世界は、不老者を狙うテロリスト集団、"エリミネーター"が暗躍し、傷つくことが死に直結しない社会にあって、極限の危険に身を置くことに栄光を求めようとする若者たちのストリート・ファイトが流行するどこかいびつなユートピアだった。元ストリート・ファイトの勇者にして、現在は腕利きの仮想環境デザイナーであるデーモン、彼の父とその仲間たちこそが、このユートピア誕生の礎を築いた人々だったのだが、そんな功労者の一人で、デーモンの育ての親でもある長寿者、サイラスが"エリミネーター"たちによって誘拐される。直後に彼らから発せられたメッセージは不可解なものだった。「"不死"の敵であるコンラッド・ヘリアーは死んでいない。」コンラッド・ヘアリー。彼こそがデーモンの父なのだが、彼の死については、覆しようのない証拠があるはずなのだ。何を根拠に"エリミネーター"たちはこんな不可解な要求を出してきたのか………

 ブライアン・ステイブルフォード。懐かしい名前だなあ。サンリオSF文庫がスタートしてすぐのころ刊行された、きわめて魅力的な宇宙船、「フーデッド・スワン」とそのパイロット、グレンジャーの冒険を描くスペースオペラ、「宇宙飛行士グレンジャーの冒険」シリーズの著者ですな。ちなみにこのシリーズ、カバーイラストのイラストレーター(誰だったか忘れた)の画風がクリス・フォスのパクリくさくって苦笑した覚えがあるですよ(^^;)。

 ここまで英国的なシニカルさを漂わせつつも、基本的にはエンタティンメント寄りな作風がパターンだったステイブルフォードさんが新境地を拓いた、点で評判になったのが本書なんだとか。確かに「グレンジャー」ものを覚えてる人にとっては、これが同じ作者によるものだとはにわかには信じられないかも知れない。

 言ってみれば、SFにおける定番テーマとも言うべき、ユートピア・ニアリィイコール・ディストピア、ってネタを仮想現実シミュレータとか、体内に埋め込まれたナノマシンが、常に人体の状態を良好な状態に保っている、とか、ユートピア化した世界が覆われるであろう閉塞感などのSF的なアイデアで補強して、そこにちょいとハードボイルドのミステリ要素を振りかけたような作品といえるか。度外れた長寿とこれまでになく人体に対する危険が減少した社会は果たして理想郷なのか、って(わりと手垢の付いた)テーマを今風に料理して見せた作品………を狙ったんだろうけどねえ。

 残念ながら狙いはうまく行ってないような気がするんだな。今ひとつ、「おお、それでどうなるんだい」って感じが希薄。スジになるお話に関して、余分なものが多すぎる気がする。テンションの低い"ヴーダイーン"シリーズを読んでるような感じ、って感じかな。主人公、デーモンに関わる脇役の二人、マドックとダイアナがとても魅力的なのにもかかわらず、この二人がうまく描き切れていないのが何とも残念。この二人がもっと前に出てくれば、もっともっとおもしろかったのに。

 なかなか意味深なことを言おうとしていることが薄々感じられるだけに、お話としてもうちょっと締まっていれば、もっとおもしろかったのになあ、と少々残念に思ったですよ。あ、どうでも良いけど原題、"Inherit the Earth"、てのは同じ英国産の名作、"Inherit the Stars"(『星を継ぐもの』っすね)への対抗意識かなあ、とかふと思ったり(^^;)

01/5/30

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