火星の人類学者

脳神経科医と7人の奇妙な患者

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オリヴァー・サックス 著/吉田利子 訳
カバーイラスト 市川伸彦
カバーデザイン ハヤカワ・デザイン
ハヤカワ文庫NF
ISBN4-15-050251-X \800(税別)

 フリーマン・ダイソンは、自然はわたしたちよりずっと想像力が豊かだと言い、物理と生物の世界の豊饒さ、物理的なかたちと生命のかたちの限りない多様性の驚異について語っている。わたしは医者だから、健康と病気という現象に、つまり、さまざまな困難や身体的変化に直面した人間という有機体がその状況に適応し、自らを再構成して行くかたちの多様性に、自然の豊饒さを見てとる。

 「レナードの朝」などで知られるサックス博士。彼が接した7人の"奇妙な"患者たちへの診察、交流を通して語られるのは、人間という生き物の、想像をはるかに超えた不思議さとすばらしさ。

 成功した画家として順調に生活している最中に遭遇した自動車事故の影響で、突然色盲となり、全てが灰色の世界で生活することになってしまった人物、突然奇矯な行動が出てしまう、トゥレット症候群の患者であると同時に、熟練した外科医であり、腕の良いパイロットでもある人物、自閉症の患者でありながら、すぐれた動物行動学の研究者である女性………。

 彼、彼女たちから教えられるのは、人間という生き物は、何かを失う可能性といつも隣り合わせであると同時に、なにか信じられない贈り物を、失った物と引き換えに与えられることもあるのだなあ、ということかな。もちろん全ての人がそうだというのではないけれど、自然というのは案外公平なしくみの中で動作しているのだなあ、と感じてしまう。

 優秀な脳の専門家であるサックス博士、やろうと思えばさまざまの症例に対し、いくらでも学問的な仮説や追求を開陳できるところなのだろうけど、敢えてそんなことはせず、さまざまな障害を持ちながら、その人なりに生きている人々の日常を淡々と描いていてちょっといい感じ。

 つくづく、人間って不思議な生き物だなあと思う。人間のからだやこころの働きって、日々、いろんな事が解ってきているのに、解ったことが増えているのにも関わらず、解らないことの総数は減らないんだろうな。人間が人間のことを知り尽くす時って言うのは、人間が滅びるときなんだろうな、きっと。

01/4/19

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