加筆完全版

宣戦布告

麻生幾 著
カバー装画 西口司郎・協力 (株)メイジャー
カバーデザイン 多田和博
講談社文庫
ISBN4-06-273111-8 \648(税別)
ISBN4-06-273112-6 \648(税別)

 敦賀半島の沖合に浮かぶ黒い物体。それはもぬけの殻となった小型潜水艦だった。その艦内にはハングル文字が残る焼き捨てられた書類と北朝鮮の国家最高指導者の写真、そして空になった弾薬箱が。北朝鮮の特殊部隊が原子力発電所の林立する敦賀半島に侵入の恐れありと見て一気に緊張の高まる地元警察。だが、こんな状況を想定した行動規範などあるはずもなく、さらに警察と防衛庁の間のセクト主義による足の引っ張り合いもあって、有効な手を打つこともできないまま徒に時だけが過ぎていく。知らせに接した政府首脳陣の間でも、危機管理の甘さ、国家の防衛方針よりも自らの保身に汲々とする閣僚、官僚の事なかれ主義による消極策が、事態を刻々と悪化させていく。やがて政府首脳の無為無策は、現場の警察官たちに悲劇的な結果をもたらそうとしていた………

 阪神大震災やオウムの一連の事件、ペルーの日本大使公邸占拠事件などにおける政府の無能ぶりを痛烈に批判したジャーナリスト、麻生幾氏の処女小説。小説家としての第一作にありがちな、荒い部分や、(小説としての)ステレオタイプぶりを批判するのはたやすいが、こいつはそんなところとは別の意味で、重要な存在価値を持った本だと思う。つまり、初めて、有事に際しての日本の行動に、納得できるシミュレーションがなされた、という点において、圧倒的にリアルなんだな。

 他の、つらい思いをした人から見れば充分に恵まれてたとはいえ、阪神大震災での日本政府の無能ぶりは身にしみて感じたモンであるせいか、いつも通りのルーティーンでは対処できない大事件に直面したとき、日本の政府は何ら有効な手を打てないのではないだろうか、と常々思ってたわけなんだけど、とりわけ、本気で戦争するつもりでやってきた相手に対して、日本は何ら有効な手を打つことができないまま、どんどん状況を悪くしていくだろうなあ、と漠然と考えていたことを、本書ではかなりつっこんだ取材を元に、具体的に示していきます。この過程が、じつに空恐ろしく、もどかしい。

 「戦争」に過剰に反応するがゆえに硬直してしまった行政や各機関が、わずか11人の(しかし迷いのない)侵入者を相手にきりきり舞いさせられる様子というのは、まことにもって笑えない喜劇になってしまってるわけで、んん、これは複雑な気分だ。

 この本に対して、"荒唐無稽な設定で日本の右傾化を推進しようとしている"などと批判するのは簡単なんだけど、それでは、今の日本に根本的に欠落しているとしか思えない"危機管理"ということに対する考察までもが一方的に封じられてしまいかねないような気がする。平和ボケの日本では、一方的に批判されたり、一方的に悪用されかねないテーマなんだけど、こういう危険性を日本は常に内包してるんだ、てのは意識しておく必要があるんだろうなあ。うむ、読んどいた方がいい本でしょう

01/3/17

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