鼠たちの戦争

表紙

ディヴィッド・L・ロビンズ 著/村上和久 訳
カバー装画 小沢信一
カバー印刷 鏡明印刷
デザイン 新潮社装幀室
新潮文庫
ISBN4-10-221921-8 \667(税別)
ISBN4-10-221922-6 \667(税別)

 1942年、戦争はロシアの一都市で、建物単位、部屋単位のレベルで前線が一進一退をくりかえす、凄絶な市街戦の様相を呈していた。都市の名はスターリングラード。瓦礫と化した家々を巡って、メートル単位での陣地取りに明け暮れるこの戦いを、ドイツの兵士たちはこう呼んだ。"ラッテンクリーク"、"鼠の戦争"と。

 そんなスターリングラードの市街戦の中、敵味方にひとしくその名を知られた天才的なソ連の狙撃兵がいた。"兎"の通り名で知られる彼、ザイツェフによって屠られたドイツの兵士たちは140名を超え、その存在は前線で戦う兵士たちにとって、いつ、いかなる時にも緊張を強いる存在となっていた。しかもザイツェフの戦功に注目したソ連軍指導部は、彼を教師として優秀な狙撃兵を次々に戦場に送り込んでくる。事態の重要性に注目したドイツ軍側も、伝説的スナイパー、"兎"を抹殺すべく、ドイツ最高のスナイパーをスターリングラードに送り込むことを決定する。白羽の矢が立ったのは、親衛隊大佐、ハインツ・トルヴァルトだった………

 第二次世界大戦の趨勢をおおきく変えた、スターリングラードの激戦のさなか、実在した独ソのスーパースナイパー同士の駆け引きを軸に、過酷な戦場の中で、見失いがちになる人間らしさを、兵士たちはどこに見い出すのか。

 スティーヴン・ハンターの"ボブ・スワガー"ものが、超絶的なスナイパーの狙撃技術を徹底的に追及して描写したところにおもしろさがあったとすれば、こちらはスナイパーの技術的な部分はもちろん、狙撃に至る心理戦のプロセス、敵味方の超一流のスナイパー同士の心理戦、また、過酷な戦場で神経をすり減らされていく兵士たちの心の揺らぎのようなものまでも丹念に描いた作品。ヴォリューム的にもう少し、分量がほしいような気もするけれども、読み応えのある良い本。ハンターの作品では単なる標的として、ばたばたと倒されていくその"もの"が、それぞれの数だけ、人の命があるのだってことを感じさせてくれる分、オレはこっちの方が好きだな。

 スノッブな匂い漂うドイツの超スナイパーと、それに従う叩き上げの伍長、ニッキ。対抗する、狩人としての資質を狙撃に生かすザイツェフと心を通わせていくロシア系アメリカ人女性、ターニャ、さらにザイツェフの戦友たち、キャラがしっかり立ってます。ラストの余韻もとてもよくって読み応えアリ。お薦め。

01/2/13

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