原潜救出

表紙

ダグラス・リーマン 著/大森洋子 訳
カバーイラスト 野上隼夫
カバーデザイン ハヤカワ・デザイン
ハヤカワ文庫NV
ISBN4-15-040973-0 \900(税別)

 1960年代の終盤、英国海軍の最新鋭原子力潜水艦"テメレール"は、3ヶ月の試験航海を終えたばかりの状態で新任務への命令を受領する。それは米中間の緊張の高まる極東地域での、アメリカ海軍の演習への参加というものだった。経済的に逼迫する英国経済の中、次々と海外基地を縮小していく英国の威信を印象づけるべく画策された、一部の軍高官による無意味なデモンストレーションでしかなかったのだが、過酷な試運転を終え、いまだに小さな問題を抱えたままの"テメレール"と、披露をため込み、さらにそれぞれさまざまな問題を抱えこんだ乗員たちを預かるジャメイン艦長にとって、それは新たな心労の種でしかなかった。しかも演習に参加した"テメレール"には、いきなり大きなトラブルが舞い込んでくる………。

 困難な任務に立ち向かうごく少数の艦、それぞれがさまざまな問題を抱える乗員たちのドラマ、ことごとく主人公の行動を妨げる無能で独善的な上司、それらを抱え込んで苦闘する主人公………。はい、もうリーマン(=アレグザンダー・ケントですわな)お得意のゴールデンワンパターン海洋冒険小説のフォーマットを忠実になぞった作品。ワンパターン、ステレオタイプと呼ぶなら呼べ、面白かったら文句ないだろ、というぐらい正々堂々のワンパターン。正々堂々の面白さ。

 本書はリーマンの作品としてもおそらく初期のものになるのだろうと思いますが、その時の最新鋭原潜とはいえ、たとえば"レッド・オクトーバーを追え"の688級原潜などに比べれば、まだまだハイテクな感じは希薄で、その分ヒューマンドラマの要素が色濃く出ているのが面白い。もちろんリーマンのスタイルもあるんでしょうけど、高度に発達したハイテク機器を使いこなす描写の面白さとは別な面白さがあります。"ボライソー"ものよろしく斬りこみまがいのことをやる潜水艦小説ってのも珍しいや。

 本署に登場する"テメレール"、もちろん架空の艦ですが、年代的には改"ドレッドノート"といえる"ヴァリアント"クラスと、その次の世代である"スウィフトシェア"級の中間あたりの艦になるのかな。リーマンの作品はあくまで人間が中心ですから、このへんのハード的なスペックにほとんど筆を割いてくれないのが、メカフェチとしてはちょっと淋しいですが、それでも安定して楽しませてくれる一作。水モノ好きならきっと満足するでしょう。

 ケチつける所が一点あってそれは邦題。原題は"The Deep Silence"、深き沈黙、ってな意味であるにもかかわらず邦題が"原潜救出"。もちろん"救出"シーンはあるんですが、それでもこのタイトルのつけ方、ついこの間の"クルスク"の事故にあやかってるとしか思えないワケで、んー、それはちょっとあざとくないか、と少々不快感あり。これはちょっとよろしくないんじゃない?

01/1/25

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