蒲生邱事件

表紙

宮部みゆき 著
カバーイラスト 峯岸 達
カバーデザイン 坂田政則
文春文庫
ISBN4-16-754903-4 \829(税別)

 去年と同じホテルに投宿した。去年は大学受験のため。ことしは予備校受験のため。今年の部屋は地上二階。去年はわずかな気晴らしになってくれた景観も、となりのビルに遮られて気分の惨めさを増すばかり。そんなひなびたホテルで、尾崎孝史はふしぎな宿泊客に出会う。なぜか彼の周りだけ、光の量が少ないような、ふしぎな暗さが漂っているのだ。彼をめぐる不可解ないくつかのできごとに首をかしげる孝史だったが、そんな彼を突然の事故が。それは投宿していたホテルの突然の火災だった。薄れいく意識のなかで死を実感した孝史だったが、例のふしぎな人物が間一髪、孝史の命を救う。だがその男が孝史を火災現場から連れ出した先とは、まったく同じ場所だった、ただし昭和11年、2月26日の………

 1994年からいきなり1936年の東京にタイム・スリップした若者がであう2・26事件にまつわるエピソードを描いた、1996年の日本SF大賞受賞作。ただしこの作品、タイムパラドックステーマのSFとして、思わずうなるような仕掛けがあるワケでなく、殺人事件を巡るミステリとして、これまたおおすげえ、などといえるようなトリックがあるワケでもない。SFとしてもミステリとしても、できがいいとはいえないんでありますが、しかーし、「物語」としては大変にいい出来であるなあと、本を閉じた時に感じ入ってしまうような逸品。

 一種の歴史改変テーマと言えなくもないんですが、ここで語られるのは、大きな意味での歴史の改変というよりは、個々の人間の歴史が、より大きな(社会全体の)歴史とのかかわりのなかでどう変わるのか、あるいは変わらないのか。人が歴史を作っていくということは、突き詰めればどういうことなのか、てのを主人公の現代っ子と戦前に生きるヒロインとのあわーいロマンスに絡めて語る本、といえるか(どうか………)

 時間SFと意気込んで読みはじめただけに、こちらが期待している展開からすれば微妙に肩すかしをくらい続けて、途中で「これスカちゃうのん」などとまで思ったんですが、最後まで読んだなら、絶対「読んでよかった」と思える本であると感じました。SFとかミステリとか、そういうジャンル的なイメージを一切取り払って、面白そうな本を一冊読んでみる、ってな感じで向かうと満足感もたっぷりなのではないかな。終わり良ければ全て良し。

00/11/15

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