神々の山嶺(いただき)

表紙

夢枕獏 著
カバー写真 夢枕獏
カバーデザイン 多田和博
集英社文庫
ISBN4-08-747222-1 \724(税別)
ISBN4-08-747223-X \800(税別)

 山岳カメラマン、深町はまたも「もう一歩」先に進むことができなかった。自分のカメラマンとしてのキャリアのステップアップのためのエベレスト登山隊との同行。だが頂上をアタックしに向かったチームが滑落、死亡。その瞬間、彼らのエベレスト登頂の夢は絶たれ、深町は再び鳴かず飛ばずのカメラマンとしての人生を送らざるを得ない羽目になる。失意のまま帰国する気にもならず、カトマンドゥをさまよう深町。そんな彼が裏町の故買屋で手にしたもの、それは古いコダックのカメラだった。コダックのカメラ。それはもしかしたらあの「そこに山にあるから」の名セリフと共にエベレストに消えた英国の登山家、マロリーのカメラである可能性が高いのだ。もしそれが本物なら、登山史上最大の謎の一つ、「はたしてマロリーはエベレスト登頂に成功していたのか?」についに答えが出るかもしれない。はやる気持ちを抑えてカメラに入っていたはずのフィルムを捜索しようとする深町。だがその背後に謎の東洋人の影が………。彼こそは伝説的クライマー、羽生丈二であった。天才的な登攀術をもちながら、他者とのトラブルの多さゆえいつしか日本のクライマー界でつまはじきとなり、やがて忘れ去られた男がなぜ、今、カトマンドゥにいるのか。

 圧倒的8な直球勝負。二人の負け犬の誰にも見取られることのない、自らの限界を超える状況下での敗者復活戦。相手は世界一の山。ええいくどい話は抜きだ。読むしかないぞこれは。

 個人的に冒険小説はこうじゃなきゃ、ってのがあって、それは、負け犬がその敗けぐせに挑戦し、決して負けを認めない戦いを挑んでいく(最終的に勝利を手にするかは些細な問題なんです)、って流れであって欲しいと思ってるワケなんですが、そんなこちらの希望を100%満たしてくれる一作。直球勝負ゆえにある意味展開が読めているにもかかわらず、終盤近くには不覚にもうるうる状態になってしまうこと必至の大傑作。くどい話は抜きにして、引用大会だ。まずは一方の主役、羽生が孤独な単独行のなか、ともすれば高山病で混濁する意識のなかで、かつて失った友に宛てるかのようにノートに書きつけるこんな一文。

いまは、まだ、そのときじゃない。
おれは、おちるまではいくから。
かならず、いくから。
ただ、わざと、おちる、それだけはできないんだ。

 うおおおおおっ!次、深町のこんな独白。

 仕事をして、金をもらって、休みの日に山へゆく。
 おれがやりたい山はそういう山ではなかった。そういう山ではないのだ。おれがやりたいのは、うまく言えないが、とにかくそういう山ではないのだ。おれがやりたかったのは、ひりひりするような山だ。

 どうだどうだぁぁっ!。羽生のこんなセリフはどうだ。

 "いいか、山屋は、山に登るから山屋なんだ。だから、山屋の羽生丈二は山に登るんだ。何があったっていい。幸福な時にも山に登る。不幸な時にだって山に登る。女がいたって、女が逃げたって、山に登っていれば、おれは山屋の羽生丈二だ。山に登らない羽生丈二はただのゴミだ。"

 さあトドメはこれだ。深町と羽生の会話。

 深町は静かに首を左右に振った。
「あのマロリーは、そこに山があるからだと、そう言ったらしいけどね」
「違うね」
 羽生は言った。
「違う?」
「違うさ。少なくとも、おれは違うよ」
「どう違う」
「そこに山があるからじゃない。ここに、おれがいるからだ。ここにおれがいるから、山に登るんだよ」

 はうあぁぁぁ。引用してるだけでじわじわ来ちゃうなあ(^^;)。じつはもっと、圧倒的に、じわっと来る一節があるんだけど、それは自分で読んで見て。読まなきゃ一生の損だぞこれは。

00/8/28

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