宿命

「よど号」亡命者たちの秘密工作

表紙

高沢皓司 著
カバーデザイン 新潮社装幀室
新潮文庫
ISBN4-10-135531-2 \857(税別)

 「よど号」の事件は良く覚えています。小学生のころでした。「ハイジャック」なんて言葉がまだなかった、というかこの事件から有名になった言葉だったんですが、飛行機を乗っとって、行きたい国へむりやり行っちゃう、という犯罪の目新しさ、しかも彼らが行きたがっている国というのが、詳しいことがほとんど判っていない北朝鮮だった、ってこともあってかなりの騒ぎになったような記憶があります。その事件をおこした赤軍派の活動家たちがその後の30年近い年月、何を考え、何をしてきたのか、(あるいは何をしなかったのか)を、思想的には同じ左翼系の活動家として青年期をすごし、後、ジャーナリストとなった高沢皓司氏が、日本、北朝鮮にとどまらず世界各国に丹念な取材のもとにまとめ上げた大作。驚くべき内容。

 北朝鮮に亡命した彼らは、それから10年近い空白の後、ぽつぽつと日本のマスコミにもその姿を表しており、その、ブラウン管に映される姿は、どちらかと言えば元気のない、一種の軟禁状態にあるような感じにみえ、亡命したはいいけど、彼らのその後は彼らが期待していたほど明るいものではなかったのかもしれないな、などという感想を持ったのですが、現実は軟禁などとんでもない、考えようによってははるかに過酷な運命が待っていたことを初めて知りました。彼らは、北朝鮮にとっては自国の世界革命路線を推進するうえで「金の卵」であったのだそうです(金日成は実際に彼らをそう呼び、いろいろ優遇していたのだそうですね)。「金の卵」とは文字どおり期待の新戦力、という意味合いがあると同時に、北朝鮮の指導者である金日成の時限爆弾的な「卵」ってふくみもあるんでしょう。

 たとえば日本で北朝鮮のための情報工作を行うにせよ、何かと話題になる日本人拉致工作を行うにせよ、もっともそれらを実行するのに有利なのは、同じ日本人の手で行うことであるのは明らかなわけで、それらの非合法工作のための貴重な工作員候補が向こうから文字どおり飛んできてくれた訳ですから北朝鮮側が小躍りしたことは想像にかたくない。

 それにしても、赤軍派といえば後の連合赤軍などの実例を見るまでもなく、意志の強固さというのは人後に落ちないものがあったであろうに、そんな彼らが手もなく北朝鮮お得意の主体(チュチェ)思想を植えつけられてしまう「洗脳」というもののすごさ、恐ろしさはただならないものがあります。このへんの、北朝鮮風にいうならば「領導芸術」(洗脳が芸術なのです)のある意味洗練された手管のあれこれを、高沢さんは丹念に解き明かしていきます。

 こうしていつの間にか忠実な金日成主義の尖兵となってしまったもと赤軍派の活動家たちは、ハイジャック時にはそれでもしっかりと持ち合わせていた人間性のようなものまでも失い、自分の意志を持たない組織の歯車になってしまう、という過程は恐ろしい。さらに恐ろしいのは、歯車となってしまった彼らに、自分たちが歯車であるという認識が全くないと言うところでしょう。

 もとよりこれは、著者の高沢さんが自分の取材をもとに組み上げた一種の仮説であり、この仮説が真実であるかどうかは今のところ明確ではありません。にもかかわらず国家から個人レベルにいたるまでの、北朝鮮とその他の国々とのディスコミュニケーションを見るにつけ、この取材結果は相当真実に肉薄しているのではないかと思えます。徒に「北の脅威」とやらを喧伝しようとは思わないのですが、それでもなお、本書をうそっぱちと決めつけることはむずかしいのではないか。かなり「重い」本ですが、読む価値のある本です。

00/8/9

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