白球の王国

表紙

トマス・ダイジャ 著/佐々田雅子 訳
カバー 松山ゆう
文春文庫
ISBN4-16-721870-4 \905(税別)

 3ヶ月もすれば決着がつくだろう、国中のみんながそんな感想をもって見ていたその戦争は、実は現在に至るまで、その国が戦った戦争のなかで最大の死傷者をうみ出してしまう凄惨なものになってしまった。それが南北戦争。その凄惨な戦場を生き延び、いよいよ除隊まであと18日と迫っていた北軍、第14ブルックリン連隊、L中隊の兵士たち。必ずしも常に英雄的に戦ってきたとはいえない彼らではあったが、すさまじい戦場のなかで疲れ切り、恐れ、そしてすべてに飽き飽きしていた。そんな彼らが哨戒行動中に出くわした静かな空き地。その空間をみた時、中隊のメンバーの一人で一度は職業野球のチームに誘われたこともあるライマンは、押さえ切れないものに突き動かされるまま、その広場でキャッチボールをはじめた。その時、草やぶの向こうから彼らに野球の試合を持ちかける声が。それはこともあろうに敵である南軍の兵士の一団だったのだ………。

 とりわけ野球が好きってわけでもないのですが、アメリカ人の書く野球をテーマにした小説にはホントにいいものが多くって、その系統の本を見かけるとついつい買い込んでしまう傾向があるワケですけど、これもそんな一冊。犠牲者の数だけ見れば、アメリカの歴史上もっとも凄惨な戦いとなった南北戦争のさなか、敵味方に別れた兵士たちが、戦場の真っ只中で野球の試合をする………あまりにも魅力的なシチュエーションではありませんか。こりゃ感涙必至と思って読みはじめたんですが、うーむ申し訳ない、これは退屈な部類に属する本なのではないか。

 凄惨な戦場の描写、その中でそれぞれがそれぞれなりの魂の在処みたいなモノを見い出していくナインたち、彼らの野球の試合の陰で進行するミステリと、盛りだくさんの内容でこれでうるうるこなかったらウソって感じなんですが、残念ながらこない。理由は明白。野球のシーンが少々薄っぺらいから。

 著者のダイジャさん、もともとはアマチュア歴史マニアで、自分が研究していた南北戦争関連のトピックの中から本作のきっかけを得たらしいんですが、そういうきっかけが先に立つせいか、野球の部分に、アメリカ人らしい野球に対する愛情が感じられなくて、ここで本書は決定的に退屈になっちゃうの。

「これはただの野球のボールだ。どこででも買える」
 マイカはそれが癖のように頭を振った。牛が蝿を追い払おうとするしぐさに似て、はじめはゆっくり振り、最後に激しく一振りした。「それには物語が詰まってる」

 いいシーンなんですが、これは野球を愛する人びとが口にするようなセリフじゃあないような気がする。南北戦争に関する考証の緻密さとは裏腹に、野球の原初的な楽しさを謳い上げることに、残念ながらダイジャさんは失敗しているような気がします。だからお話が終始暗くて救いのないイメージになっちゃうのね。ツカミが抜群に良かっただけに今回は大変に残念でした。アメリカ人が書く野球のお話にも、はずれがあるんですねえ(^^;)

00/7/29

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