ペリー艦隊大航海記

表紙

大江志乃夫 著
装幀:熊谷博人
朝日文庫
ISBN4-02-261306-8 \840(税別)

 歴史の教科書なんかを見ていると、まるである日突然浦賀に出現したかにみえるペリーの黒船ですが、もちろん突如ワープしてきたわけはなく、その出現までには結構長い道のりがあったんだそうです。ペリーが何をもくろんでアメリカから日本に赴き、そこで何を得ようとしたのかを丹念に史料にあたって解明しようとした本。著者の大江さんは旧帝国陸軍参謀将校たちの行動とその思想的背景を研究した本などで何度かそのお名前を拝見したんですが、専門は日本の近世史の研究、近世史の一番とっかかりの大事件の詳細な考察ってワケですね。

 さて、アメリカから日本に来るならば誰だって太平洋をわたってやってくるものだと思ってしまいがちですが、この、ペリー艦隊の航海が、そうではなくてぐるっと大西洋をまわってのモノだったというのは今まで知らなかった。ペリーの航海というのは単に日本との国交を確立するためだけでなく、さらに大きな国策上の目的があったのだそうです。まだまだ新興国であるアメリカ合衆国が、国際的な地位向上のため、先行して大西洋の覇権を握ってしまっている英国に対抗する目的で、太平洋の利権をアメリカのものとしようとしていた時期の行動の一環ってことで、まあどっちにしても手前勝手な理屈のおかげで、西欧の帝国主義列強以外の人々が偉い迷惑被ったことに変わりはないワケですが(^^;)。

 すべてを西欧的、ということはとりもなおさずキリスト教的な価値観の一方的な押しつけというのが、近代から現代まで、世界各国でのさまざまな軋轢のもとになっているというのは今さら言うまでもないことですが、そういう意図の下、自らをコロンブスに準えて400年後に再びジパングを目指す航海に出たペリーの壮途というのは、(コロンブスの大迷惑も考えると)二重の大迷惑であったといえるかもしれないですねえ。

 そんな釈然としない思いを抱きつつも、一世紀前の日本や極東の情勢が鮮やかに浮かび上がる貴重な史料。読むのは少々骨が折れるけど、なかなか興味深い一冊です。これを読むと明治以前の日本の、世界に誇るべき清潔さやさまざまなジャンルの職人といわれる人びとのスキルの高さ、独自の芸術のレベルの高さとその諧謔趣味の趣味の良さなどが伺えます。これらの愛すべき日本人の特性はどこへ行ってしまったものやら………

 これが現在の日本人について書かれたものでないことは残念である。当時の時間的にも精神的にもゆとりのある日本の社会の動きの中から、たとえば北斎漫画が生み出されたように、子供の絵本にまでグロテスクに近いしたたかなユーモアの精神が表れ、「気の利いた戯画を見て心地よく笑うことのできる人民」であった日本人が、明治維新後の、「欧米に追いつき追いこせ」のスローガンのもとにゆとりを失い、したたかなユーモアの精神を忘れてしまったことを悲しみたい。

 いや全く。

00/7/18

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