斜線都市

表紙

グレッグ・ベア 著/冬川亘 訳
カバーイラスト 小阪淳
カバーデザイン ハヤカワ・デザイン
ハヤカワSF文庫
ISBN4-15-011311-4 \800(税別)
ISBN4-15-011312-2 \800(税別)

 ナノマシン、web技術などの急速な発展により、一見地上は理想的なユートピアに変貌したかに見える21世紀中盤。だがその社会は実はさまざまな精神病患者とそれを治療するためのセラピーが急速に発達した、心の病んだ状態にあった。そんな世界で、演技者の性体験をヴァーチャルに追体験できるYoxと呼ばれるポルノグラフィのトップスター、アリスは、謎のクライアントからの呼び出しを受け、気が進まないながらも彼と一度限りの関係をもつ。だが、いささか不快感の残る関係の直後、クライアントは突然自らの命を絶ってしまった。別件で彼を追っていた捜査官、マリアが調査を進めるうち、彼女の眼前には不気味な企ての輪郭が次第に明らかになってくる………。

 "女王天使"、"火星転移"などと同じ舞台設定で、その"女王天使"にも登場した捜査官、マリア・チョイらおなじみのメンバーも登場する、グレッグ・ベアのこれはなんといったらいいか、ハードSFミステリ、とでもいったらいいのか………。ナノマシン、webを飛びかう雑多な情報、量子コンピュータなどのSF的な小道具を背景に、高度に発達した文明の中に潜む病の謎と、その陰で暗躍する秘密組織、その組織に対抗しようとする勢力など、さまざまな登場人物が入り乱れ、その物語がいつしか一本の線に寄り集まっていく、という構成はなかなかうまい。

 一連の量子思考体モノの一環なんですが、個人的に一番印象的だったのは、高度に発達した文明のもとで暮らすということは、とりもなおさず根深い精神的な悩みを人々に植えつけがちで、それゆえセラピーという職業の重要性が非常に高まっている、ってあたりの描写でしょうか。今現在でも、アメリカではこの手のセラピーが大変多い(スペンサーの恋人、スーザンもセラピーを生業にしてましたね)ワケですが、この先この傾向は世界的な規模になっていくのかもしれないな。利便性が追及されていくにつれ、人間の心のバランスはほんのちょっとしたことで崩れてしまいがちになるってコトでしょうか。お話自体の面白さ(大変面白い本でしたよ)もさる事ながら、人びとがみな、何がしか心の平衡を欠いた世界が未来世界なんだ、って描写のほうが個人的には印象に残る一冊ではありました。

00/6/13

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