複雑系

科学革命の震源地・サンタフェ研究所の天才たち

表紙

M・ミッチェル・ワールドロップ著/田中三彦+遠山峻征 訳
カバー写真 オリオンプレス/IPS
新潮文庫
ISBN4-10-217721-3 \933(税別)

 性能面では上をいっているにもかかわらず、なぜベータはVHSにシェアを奪われてしまったのか?人口が増えれば増えるほど、生活が苦しくなることはわかっているのに、なぜバングラデシュなどの途上国では今もなお爆発的な人口増加を続けているのか………。性能の良いものを作っていれば必ず売れる、理屈がわかればだれもわざわざまずい方法など取りはしない、というのが定説なのにもかかわらず、世の中ってヤツはなかなかそう理屈どおりには運ばない。それはなぜか?それは「理屈にあわないことも起きてしまう」のが世の常であるというコトなのか、それとも、一見道理が通っていないように見えはするけれど、その奥には実は一つのルールが在るのではないか?

 「中国で蝶が羽ばたくと、大西洋にハリケーンが起きる」という、有名な"バタフライ効果"に代表される、"カオス"って考え方が斬新だったのは、ハリケーンを研究するのに、ハリケーンのことだけを研究していても効果はなく、それを産み出すにいたるさまざまな要因が、複雑に影響しあっている、ということをまず理解しなきゃいけない、てことを明らかにした点にあると思うんですが、その考えかたを一歩進める形で登場するのが"複雑系"という考え方。

 よく理科の授業で、滑車の問題なんかのときに「滑車の摩擦は考えないものとして」ってただし書きがありますよね。摩擦という、滑車本来の動きとは関係のないようにみえるファクターがあると、滑車単体での動きを正確には測定できない。でも現実にはそこ摩擦は存在する。それならば真の滑車の動きってのは、その、摩擦や何やらの要素までも含めて考えなくてはいかんのではないか、てのがまあオレなりに理解する"複雑系"なんですが、ちがうかな(^^;)。

 この複雑系なる学問の考え方を産み出し、発展させてきたのが、非営利団体、サンタフェ研究所なんですが、その機関の生い立ちとそこに関ったユニークな研究者たちの活動を豊富なインタビューで綴るノンフィクション。私のように、論理的な思考を大の苦手とするタイプの人間には極めて辛いタイプの本で、しょっちゅう前に戻って文章を読み返さないと何を言ってるのかわからなかったり、それをやってもなお判らなかったりする部分も多く、苦労する本なんですが、それでも最後まで読んでしまうのは、新しいものを産み出そうとする連中からにじみ出てくる魅力的な個性のせいなんでしょうかね。

 普通この手の最先端の学問ってのは、物理学などの、われわれが科学って言うと真っ先に思い浮かべる、何やら高尚で、よくわからん世界を連想してしまうんですけれど、複雑系の学問のとっかかりにあったのが経済学であったというあたりは興味深かったですね。全然畑のちがう経済学と理論物理学の学者たちが、お互いにこうなんじゃないかと思っていたことを、相手方の研究から再確認できた時の驚きと喜びはいかばかりのものであったのでしょう。学問の内容が複雑系なら、それに取りくむ人びとの関係も複雑なんですね(^^;)。

 もうひとつ、コンピュータの発達(性能面もさることながら、手に入れやすさの面での発達が大きいのでしょうね)により、それまでは困難だった、大規模で複雑なシミュレーションが簡単に行えるようになったことが、この学問が急激に発展した理由の一つなんだそうですが、時代の最先端をいく研究のシミュレーションに使われるのが、8ビットのAppleIIだったりするあたりが、時代を感じるし、そんなもんでも複雑怪奇なコンピュータモデルのシミュレーションができちゃう、てのは、スゴいもんだと思います。道具ってなぁ、使うヒトしだいでいろんな事ができるもんなんですね(^^;)。

 完全に理解して読み終えたとはとても言えないのですが、なかなか、勉強になる本でした。面白かったですよ(^o^)。

00/6/21

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