かくも短き眠り

表紙

船戸与一 著
カバーデザイン 芦澤泰偉
角川文庫
ISBN4-04-163804-6 \838(税別)

 「わたしたちは生まれ落ちたときからすでに壊れていたと言ってもいい。それが壁の崩壊によってはっきりしたというだけのことだ。ちがいますか?ミッションに加わって破壊工作を続けて来たわたしたちだけじゃない、ある意味では二〇世紀に生を受けた連中はだれもかれもですよ。あらかじめ壊れて生まれて来たんだ、わたしたちほどじゃないにしてもね。そういう人間の何を再生しようというんです?最初から壊れているのに、立て直したからって、どうにかなるものじゃないでしょう?」

 かつて世界各地の動乱の陰で、東西対立に端を発する騒乱を影から演出して来た非合法組織の一員だった「わたし」だったが、ベルリンの壁崩壊後、おもむくべき戦場を失って組織は解散、今はドイツで行方不明の遺産相続人を捜索する法律事務所の職員として毎日を送っている。そんな「わたし」の新たな任務、それはドイツ国内で亡くなった老婆の遺産相続人探し。どうやら唯一の相続人は、ルーマニアにいるらしい。そこはかつて「わたし」の所属するグループによって演出された騒乱で、チャウシェスク政権が倒された地。ドラキュラ伝説の発祥の地でもあるトランシルバニアにおもむいた「わたし」はそこで思いもかけない過去の亡霊を目にするのだった………。

 常に虐げられた側から強大な敵を相手に戦う人々を熱く描く船戸与一の文庫版新作。今回は革命後のルーマニアを舞台に、時代から忘れられ、目的を見失った戦士たちが、再生の道を模索する物語、という感じか。かつてのぴりぴりするような緊張感のなかで、充足と高揚を味わって来た戦士が、その刺激を突如取り上げられ、だらだらした日常のなかでただ喪失感のみを増大させていく、という構図は、これまでの船戸作品の主人公たちの裏返しのようなモノなのかもしれません。

 これまでになかった船戸冒険小説と言えるのですが、で、充分面白いとも思うのですが、いつもの、船戸作品を読みおえたときに思わず出てしまう、それまでつめていた息をほうっ、と吐きだすような、そんな感じがなかったような気もします。どこかこう、いつもの船戸作品の"熱さ"が感じられない。

 船戸与一の作品の根底をなすものは、常に虐げられたひと、強大な権力の勝手な理屈に振り回されてきた人々への限りない共感と、そこはかとないあきらめの混じった視点だと思うのですが、本作品にはその一種の愛情あふれるまなざしが完全に欠落しているように思います。この結果、読む側をお話の中にぐいぐい引き込んでいく、いつもの迫力を感じさせてくれないんじゃないかなあ、と。

 主人公である「わたし」を始めとするキャラクターたちにもちょっと感情移入しにくいものがあり、今回はちょっと残念賞。船戸さんの実力はこんなもんじゃないだろうと思うんですけどねえ………。

00/5/12

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