仮面の国

表紙

柳美里 著
カバーデザイン 新潮社装幀室
新潮文庫
ISBN4-10-122921-X \438(税別)

 芥川賞受賞後、予定されていたサイン会を右翼を名乗る男からの脅迫電話で中止に追い込まれた、柳さんの事件が新聞などで話題になったのは1997年。その事と、それにまつわるいくつかの事件がきっかけで、その後一年間にわたって"新潮45"誌上において連載された、今の日本が直面しているさまざまなゆがみやきしみに鋭く切込むエッセイ集。

 柳さんの文章というのは、たしか朝日新聞紙上において、酒鬼薔薇の事件だったか、従軍慰安婦問題であったか、ちょっと失念したんですけれどもそのあたりの事件に対する意見で一度読んだことはあって、その時に感じたことっていうのは極めて納得できる正論である反面、緻密な論理を情け容赦なくたたみかける文章にありがちな、思わず「てへ」などとつぶやいて一歩退いてしまいたくなっちゃうモノであって、ありていに言うなら苦手な感じだったんですよね(なんせコトなかれな人間なもんで)。

 そうはいっても、今の世の中でとても顕著に感じられる、耳触りの良く何となく高尚なイメージのある"誇り"とか"民族"とか"人権"といった言葉のオブラートの中に、自分たち自身も明確に理由づけすらできないいらだちの解消をもくろむいくつかの勢力の動きが無視できないものになっている今、そのあやふやないかがわしさを撃つものは、迷いのないシビアさが必要ってことなんでしょうか。撃つべき相手が一見耳あたりがよく、しかしその内実ははなはだ情緒的で、無責任なモノでしかないときに、それを批判する側は耳ざわりな言葉を発しないといけないのかもしれない。

 私は、少年が面白くないと思っている現実を、多くの人々もまた堪えて生きているのであり、彼らの何故に楽しく生きられないかという<大怨>を、もっとも不愉快な形で晴らしたことに、この事件の深刻さがあると考えている。近代化が終焉を迎えている今、面白さを求めるのは滑稽であり、いかにつまらなさに堪えるかにしか存在の意味はないという考え方は承知している。私は生のリアリティを得ているひとほど寡黙に生きているのであり、面白くないがゆえにはしゃぎまわり何か面白いことはないかと騒ぎたてているひとはみっともないと思っている。

 酒鬼薔薇の事件に関しての柳さんのこの意見は、容赦ないが故に説得力に富むものだと思います。読む価値のある一冊だと思いますよ。

00/5/8

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