ワンダフル・ライフ

バージェス頁岩と生物進化の物語

表紙

スティーヴン・ジェイ・グールド 著/渡辺政隆 訳
カバーイラスト 岡崎 立
カバーデザイン ハヤカワ・デザイン
ハヤカワNF文庫
ISBN4-15-050236-6 \940(税別)

 「ダーウィン以来」「パンダの親指」など、生物の新かにまつわる謎や誤解、最新の研究成果をユーモアを交えた文体で紹介してくれるグールドさんの本は、1909年に発掘されてから、つい最近までそのユニークさ、重要性が明らかにならなかった、カナダ、ブリティッシュ・コロンビア州のバージェス頁岩の化石小動物群の物語。それまでの死の世界から一転、生命の爆発的な発生を迎えたカンブリア紀前後の(グールドさんいわく)奇妙奇天烈生物たちの化石が語る生命の進化の真実とはなにか、を考察する本といえますか。

 ちょっと前のNHKの"生命"って番組で、アニマトロニクスで復元された奇怪極まる生物、アノマロカリスを覚えていらっしゃる方もおられますでしょう。あの、アノマロカリスもまた、このバージェス頁岩に閉じ込められた、奇妙奇天烈生物の一つである訳なんですが、何ともはや、アレでさえももしかしたらおとなしいんではないかとさえ思えてしまう奇っ怪至極な生物たちのオンパレードと、その膨大な数の生命の発生から、今に至る生命の進化の系列のなかでいつしか消えてしまった種の数々は何を語るのか。

 生命の進化というと、よく我々は進化の樹形図、みたいなのを見せられますよね。太い幹からぞわーっと枝が分かれてて、その先端に今地球にいる生物たちの名前がある、ってやつ。また、進化論といえば"自然淘汰"って言葉もまた連想されるでしょう。よりすぐれた種が生き残り、発展していくという考え方。今現在地球で万物の霊長などと名乗っている人類はつまり、生命の進化の過程でなるべくして霊長となった、という考えは一般的ですが、バージェス頁岩で見つかったこれら奇妙奇天烈生物の一群の存在は、もしかしたらその考えかたを根底からくつがえすものではないか、というのがグールドさんの考え方。さまざまなこれらの奇妙奇天烈生物たちは、そのデザインの異様さと同時に、生物としての機能は決して他の生物と比べて大きく劣っているものではなかったことから、グールドさんが導き出す結論は、進化とは優れたモノが必ず生き残っていくようなものではなく、ランダムな要素もまたそこには重要な意味合いを持っている、つまり生き残った種がその優れた特性を進化させていく、という側面と同時に、種ごとの優劣とは別のところでの、全くの偶然性に左右される要素もまた大きな関りがあるとする考え方。

 これが"過激な説"であるとするグールドさんの論調がにわかに納得が行かないのは、きっと僕が日本人で、キリスト教徒じゃないからなんだろうと思います。神様が自分の姿に似せて作ったとされる人類が、何のことはない、サイコロの目がそういう風に出たから現在に至っているだけなんだ、とする考え方、確かに西欧的な倫理観からすれば、とんでもないことといえるのかもしれないですね。そこいくとワシら日本人は、人類がここまで繁栄できたのは、全くの偶然でしかなく、別に人間が他の種に比べて優れてた訳ではない、と言われても、多分「あ、そうだったんだ、らっきー」で済んじゃいそうですもんね(^^;)。

 そういう訳で、キリスト教的価値観上は極めて過激なこの主張の拠り所になるのでは、と思われたバージェスの動物たち、その後も研究が進められ、今では当初の説にいろいろな修正も加えられているのだとか。人の心とは裏腹に、科学てえのは情け容赦のないもんであります。このへんの事情は本書と訳者後書きでご確認ください。訳といえば今回はいわゆる学術系の本にしてはかなり訳がよござんした。「パンダの親指」がひどい訳だったのとは対照的(ここで言う訳の善し悪しは、正確さではなく読み手のことを考えた訳をしてるか、てことですんで念のため)。

 というわけで間違っても一から十まで鵜呑みにしてはいけない(^^;)本ではありますが、でも、グールドさんのこんな主張は個人的にはとても好きです。

 悲運多数死は宝くじのようなものだという考え方は、バージェス頁岩がもたらした新しい図式を、生物がたどった経路と歴史の本質に関する過激な見解へと変える。その見解がもたらす結論を探るために、私はこの本を書いている。願わくは、貧弱にして風変わりなわが種族が、自分たちは幸運に恵まれただけのはかない存在であるという新発見の見解に喜びを見い出さんことを。わずかなりとも冒険心を持つ人なら、あるいは知識を尊重する心をほんのひとかけらでも持つ人なら、宇宙の定めになぐさめを求める古くさい考えと、オパビニアのような奇妙奇天烈ではあるが現実の存在には違いないすばらしい生物を目にする楽しみとを、喜んで交換するのではないだろうか。

00/4/12

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