臨死体験

表紙

立花隆 著
カバーAD 坂田政則
装画 ヒエロニムス・ボッシュ 「来世の展望・天上界への上昇」/ORION PRESS
文春文庫
ISBN4-16-733009-1 \638(税別)
ISBN4-16-733010-5 \638(税別)

 僕は喘息もちで、疲れがたまったりしたときに風邪をひいたりとか、いくつかの条件が重なると重責発作という重い発作をおこして、呼吸困難になってしまうことが希にあります。今までに2度、病院に運ばれる途中で呼吸が止まっちゃったことがあるんですけど(^^;)、一度目のときにはふと気がつくと、目の前は真っ暗闇で、その中に白いもやの部分があって、そのもや(顔みたいなモノもあったような気がするんですが、はっきりしません)がだんだん視界いっぱいに広がってきて、それにともなってだんだん人の声が聞こえて来たな、と思ったら「あ、戻ってきはった」という声がして、それと同時に目が開いたら病院のストレッチャーの上だった、てことがありました。後でその話をカミさんにしたら、だれも「戻ってきた」なんて事は言ってなかった、って返事があってちょっと不思議な思いをしたもんです。

 アレが臨死体験といえるものであったかどうかはっきりしたことは解らないんですが、人が死ぬときってのは、それまでの苦しみからとつぜん解放され、その苦しみからの反動とでも言えるような静かで穏やかな世界があるな、と感じたのは確かです。人が死ぬというのはどういうことなのか、死ぬときに人はどういう経験をするのか、死の淵から生還した人びとのさまざまな、不思議な体験談は真実なのか、真実だとすればそれらの現象は一体何によって引き起こされるのかを、ジャーナリスト、立花隆氏が各国の体験者や研究者に取材し、まとめ上げた本。

 非常に興味深いのは、死にかかったときに不思議な体験をする人びとの多くは、最終的にはそれまで自分が見聞きしたものを見ているのだな、というところでしょうか。キリスト教徒はイエスや天使を見、日本人は三途の川を見る。幼い頃から聖書の教えを聞かされて育った欧米人は、信心の有る無しに関らず、キリスト教的なビジョンを見、基本的に信仰心の薄い日本人であっても、小さいときから聞かされてきた死後の世界のイメージが、自らの臨死状態で垣間見るビジョンに色濃く反映してくる、ということでしょうか。三途の川すらないと思ってる僕が、白いもやしか見ることができなかったのも、あり得る話なのかもしれないですね(^^;)

 もちろん立花氏が集めてきたさまざまな事例の中には、そういう、それまでの体験の記憶の再構成をビジョンとして見る、というだけではどうにも説明できない事例もたくさんあり、それらの根拠として"魂"の存在を示唆する研究者もいるようですね

 これらの不思議な現象、はたして全てが現在の科学の枠のなかで説明のつくモノなのか、それとも本当に超常的な現象が存在しているのかへの考察は、本書を読んだ一人一人がやるべきことであろうと思うのですが、さまざまな事例を集め、その事例の客観性などについてそれぞれ考察を咥えていく、という立花氏の姿勢自体は立派なものだし、大変な作業であっただろうな、と思います。そういう意味では大労作なんですが、わたしゃこの本には二つの問題点があると感じています。

 第1点は、本書を読み進んでいく中で、どうも著者である立花氏の見解が鮮明になってこない、というか非常にあやふやなものに見えるということ。立花氏には立花氏なりの見解があると思うのですが、構成のまずさのせいかそれが本書の終盤に行くまでイマイチはっきりしてこないということ。本書の冒頭で、まず取材をはじめる段階での立花氏なりの見解がはっきりと表明されているべきではなかったかと感じます。

 第2点は、へんな話ですが本書には絶対に"あとがき"が必要であったと思います。なぜか。それは本書の親本の刊行時期が1994年であるということ、"文藝春秋"誌に連載されていたのが1992年〜1994年にわたっており、この時期に急成長した一つの新興宗教があり、その宗教団体のいくつかの修行には、本書でも触れられている、側頭葉への電気ショックによる間隔中枢の刺激や、ヨーガの修行の一環における"クンダリニー覚醒"による認識力の拡大、といった内容が含まれているということ。やや非科学的にもみえるこれらの事例を、日本を代表するジャーナリストの一人である立花隆があり得る話として紹介している、という点において、若い知的エリートに与える影響力の大きさと言うのは無視しにくいものがあったのではないか、ぶっちゃけた話、オウムの勢力拡大の理論武装の教科書の一つとして、この本は最適なものだったのではないか(だからこの本はダメ、とかいうのじゃないですよ)という事なんです。この点について立花氏はどういう感想も持っていないのかどうなのか、ちょっと知りたかったんですけどね。

 取材という点では大変な労作であったとは思うのですが、なにかこう、あやふやな読後感の本。立花隆さんって、やはり調べたら調べた分だけ、ものごとがはっきりと見えてくるようなテーマに切込んでいくときに魅力を発揮する方なのかもしれないですね。

00/4/21

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