「魂の駆動体」

表紙

神林長平 著
カバーイラスト おがわさとし
ハヤカワJA文庫
ISBN4-15-030634-6 \760(税別)

 神林長平さんといえば、機械と人間の関りの描写に極めて冴えたものがあることで知られていますが、これまでの神林作品では、機械と人間の間には埋めようのない溝のようなものが存在していたんですが、本書はずいぶん雰囲気が違います。構成も少々変わっていて、かなり隔たりのある二つの時代がお話の舞台になっています。

 テクノロジーの進歩は、自動車に更なる安全性、自律性を持たせるに至り、ついに自動車は文字どおり"自ら動く車"となった。もはや人々はクルマを所有することに何の意味も見い出さず、ただ地点間を結ぶときに使用する移動機械としてしか捉えない。かつてクラシックカーのレストアに熱中していた父の姿を見て育った"私"は、そんな時代のなかで何か満たされないものを感じたまま年老いてしまった。そんな"私"が、かつては人間の意識の全てを電子的な仮想世界に移植しようという国家レベルの計画、HIプロジェクトにもかかわっていたという老技術者、子安との出会いから、かつての車への想いがよみがえって………というのが前半のお話。

 後半では一転、時代はすでに人類が地球上から姿を消してしまった超未来。おそらく人類が生みだしたのであろう亜種、鳥人たちが空を舞う世界。すべての物ごとの根源には魂の存在がある、と考える鳥人たちの世界のなかで発掘された太古の人類の遺跡、そこからはかつての人類文明の遺物が次々と発掘される。人類のテクノロジーと鳥人たちの能力を活かして、かつての人類文明を研究しようと考えた鳥人たちだったが、その過程で彼らは思いも寄らないものに遭遇する………。

 どちらかと言えばこれまで、クールな物語構成が魅力だった神林さんですが(もちろん単純に冷たいわけではなく、随所で光るユーモア感覚もまた魅力なんですが)、本書ではこれまでのパターンとはちょっと違った、やんわりとした雰囲気の漂う(神林さんとしては)異色の作品。あえてカッコつけて表現するなら、"魂のロード・ムーヴィ−"などと名づけるのもよろしいかと(^^;)。もちろん神林作品ならではのSF的なシカケも効いてますし、おなじみ「オレってホントにオレ?」っていう神林SFの共通テーマも顔を出しますが、それ以上に本書では神林さんが考える人とクルマの関係に対する考察がうれしい。僕は免許は持ってるけど車には乗らないので、観念的にしか理解できないのですけど、本書のなかで"私"が口にするクルマへの希望ってのは、クルマがお好きな方なら深く頷けるものなのではないかな。

「いま、がいい。いま欲しいクルマだ。自分で運転できてどこにでも行けるやつだ。エンジンの鼓動でクルマの状態がわかり、自分が操っていることが実感でき、しかも心地よく、運転自体が楽しくて、目的地などどこでもいい、というやつだ。」

 SF好きにもクルマ好きにもお薦めの一冊かと。

00/3/22

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