「ホンダ神話」

教祖のなき後で

表紙

佐藤正明 著
装画 西口司郎
装幀 多田和博
文春文庫
ISBN4-16-763901-7 \829(税別)

 ソニーと並んで、戦後の日本の立志伝中に特異な位置を占める天才技術者、本田宗一郎が興したホンダは、「若い」「ユニーク」「新鮮」などというイメージのある企業ですが、さすがのホンダも最近はどうもぱっとしない印象があるなあと思っているのは僕だけでしょうかね。僕は漠然と、本田宗一郎氏の死去とその前後のF1での神通力の弱まりから最終的にはF1からの撤退に至るまでの流れがその境目であったように感じていたんですが、本書を読んでみると、それはある意味では当っているけれども完全な正解という訳でもなく、僕が思っていたものっていうのは原因というわけではなく結果の一部であったようです。

 焼け跡から自分の腕一本で世界を目指した宗一郎の技術、そして彼の影に隠れて目立たないけれども、ホンダという企業の台所を一手にあずかっていた副社長、藤沢武夫の経営センスで一躍国際的な名声を博するまでに至ったホンダですが、その道のりは決して順風満帆というものではなく、幾度となく破滅寸前のピンチに見舞われ、それをかろうじて逃れてきた歴史であったことが伺われます。ベストセラー軽乗用車、"N360"の欠陥車騒ぎは僕もなんとなくおぼえているんですけれど、不思議とホンダが大ブレイクのきっかけをつかむ前には大きなピンチもまた同時に訪れていたようです。それらをそのつど回避してきたものこそ"ホンダイズム"であったのかもしれないですね。

 人間的には全く正反対でありながら、つかず離れず絶妙のコンビネーションでホンダを盛り上げてきた二人ですが、その強烈なカリスマと実力ゆえ、彼ら二人が経営の表舞台から去ったとき、その卓越した能力までは受け継ぐことはできなかった、二人の"子供たち"はどう行動してきたのかを克明に綴る本。

 本田・藤沢の天性の能力に替えて、その後継者たちが採用した"ワイガヤ"と呼ばれる自由な合議制がスムーズに機能していく限り、ホンダは着々と成長していくのですが、どんな斬新な制度であっても時間が経てば動脈硬化をおこしていくのは避けられない訳で、今のホンダの姿というのはある意味予定されていたことといえるのかもしれません。そこからはたしてホンダはもう一度飛躍することができるのか。今のRVブームが去ったとき、はたしてホンダはどうなっているのでしょうね。

 ゲーム屋としては、やはりなんといってもホンダを辞めた後セガの副社長(今は社長ですね)についた入交氏の、セガ就職に至る流れなども大変興味深く読めました。ちとF1関係の記述がデタラメなところがあってそこは気になるんですが、それ以外は大変読み応えのある本。北方謙三さんの解説もいいです。読んでみるよろし。

00/3/18

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