「時に架ける橋」

表紙

ロバート・チャールズ・ウィルスン 著/伊達 奎 訳
カバーイラスト 久保周史
カバーデザイン 岩郷重力+WONDER WORKZ
創元SF文庫
ISBN4-488-70602-9 \960(税別)

 愛していながらも妻と別れなければならなくなった心理的痛手からアルコールに溺れ、職も失って帰郷したトム。しっかりものの兄の手回しで、郷里での生活をはじめるべくトムが購入した古びた屋敷には不可解な現象が発生していた。何年も住人がいないにも関らず、その室内はまるでたった今掃除をすませたかのように完璧な状態に保たれていたのだ。不審に思いつつもそこで暮らしはじめたトムがさらに驚いたことには、彼の生活上の汚れ物なども、一夜開けるときれいに洗浄され、整頓されてしまっているのだ。友人と共にこの不思議な屋敷の秘密を探りはじめたトムだったが、その秘密が明らかになってくるにつれ、トムの心には一つの望みが………

 ノーマークだったんですが、これはなかなか良質の時間SF。フィニィの哀愁、広瀬正さんの大向こうを唸らせるタイムパラドックスを逆手に取ったアクロバットなど、時間SFにはそれぞれの持ち味があると思うんですが、本作の魅力は「時間」よりも「時間とかかわる人間」の描写に多大な筆が割かれているってところにあるといえるでしょうか。負け犬である主人公の前にとつぜんふってわいた、自分がほとんど努力することなしに全く新しい生活を送れるチャンス。その時主人公はどうするのか、そしてそのチャンスの影に潜む危機とはなんなのか、って感じで、ある意味主人公トムの負け犬から立ち直るための冒険小説であると言えるかも。で、それってオレの好きなパターンなんだよなァ(^^;)

 もちろん時間SFですから、タイムパラドックスを上手に使った見せ場もありますし、ナノマシンなど、SF的なガジェットの魅力もあるんですが、それ以上に主人公をはじめとする登場人物たちの心の動きが大変魅力的です。未来から過去にやってきた、本書では悪役に分類されるキャラクターであっても、その物語が大変ていねいに描写されており、ここに最大の魅力があるように思います。

 著者のウィルスンさんって方、初めて聞く名前なんですけど、キャリアもそこそこある、むこうでは中堅どころの実力派作家のようですが、もっと早く邦訳されてもよかったのに、と思わせる佳品ではありました(原版は1989年刊)。これを機会に他の作品も邦訳して欲しいですね。かなり手堅い、安定して"読ませる"タイプの作家さんのように感じられます。読み応えアリ(^o^)。

00/2/22

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