「奇跡の人」

表紙

真保裕一 著
カバー装画 日置由美子
新潮文庫
ISBN4-10-127022-8 \743(税別)

 交通事故で瀕死の重傷を負った克己。だが、完全な脳死状態と思われた状況から少しづつ立ち直り、ついにはリハビリを終え、退院の運びまでこぎつけた彼を、医師たちや他の入院患者たちは「奇跡の人」と呼んだ。事故の影響からすべての記憶を失い、第二の人生を歩み出そうとする克己だったが、一人、新しい生活を始めた克己には、一つの気がかりがあった。事故に遭う前の自分は、いったいどんな人物だったのだろうか。退院直前に亡くなってしまった母も、病院の関係者たちも、なぜか克己の過去については多くのことを語ろうとはしなかったのだ。自分の過去を探ろうとする克己だったが………。

 「ホワイトアウト」映画化もあって真保裕一さんの名前、今年はちょくちょく耳にするようにあるのかもしれないですね。常に一定以上のレベルの作品を読ませてくれる真保さんですが、今回の作品も読み応え充分の一作。この方は「冒険小説」とか「推理小説」みたいなジャンル分けじゃなく、「エンタティンメント」ってな感じの分類のしかたが必要な作家さんなのかもしれないですね。毎回違う切り口ながらも、いったんページをめくったらついついもう1ページ、と思ってしまうページターナーの実力が十二分に発揮された佳作になってますですねえ。

 交通事故で瀕死の重傷を負い、植物人間状態になってしまったところから奇跡の復活を遂げ、母、病院の職員たちの献身的な努力を助けにまっさらの人格から、再び自分なりの"自我"を形成していき、中学生程度の理解力を持った31才の成人男性という、不利で、偏見にさらされることも多い人格となった新しい克己が、自分なりに地域の人々と触れ合っていく姿を描く、というのはそれだけでたとえば"フォレスト・ガンプ"を連想させる感動的なものになりそうな予感があって、で、その予感はしっかりとむくわれるわけですが、なにせ敵は真保裕一。ただの感動ストーリーで終わらせるはずがありません。これ以上は読んでいただくしかないわけですが(^^;)、単なる"無垢"な障害者である主人公に一方的に感情移入して、お涙頂載的な感動の押しつけ作品にはしていないところはさすがです。克己の過去が明らかになりつつある過程で、無垢である障害者の過去を知りたい、との熱望もまた、ある種の人にとっては堪え切れない暴力的な圧力になってしまう、という切り口は新鮮。一筋縄では行かない感動ストーリーと申せましょうか。

 一筋縄の感動ストーリーとはいかない分、結末のつけ方に個人的には異論無しとはできない部分もあるのですが、しかしさすが真保裕一ですわ。読んで損なし(^o^)

00/2/4

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