「魔女の1ダース」

-正義と常識に冷や水を浴びせる13章-

表紙

米原万里 著
カバー装画 杉田比呂美
新潮文庫
ISBN4-10-146522-3 \476(税別)

 ロシア語の通訳として、ほいでもって最近は"ブロードキャスター"のコメンテーターとしても活躍中の米原万里さんのエッセイ集。国民性の違いや暮らしている場所の違いがちょっとあるだけで、一方が「正義」と思いこんでいることなどたやすく「悪」に変わってしまう物なのだ、ということを、通訳を通じて得た抱腹絶倒の体験談を交えて語る好エッセイ。私この人の文章好きなんですよ(^o^)

 さて、ところ変われば何とやらではありませんが、一方にとって大事な価値観であっても、他方にとってはそうでもない、なんてことは現実の世界ではしょっちゅうあることで、そこにうまく折り合いをつけていくのが人同士の付き合いってモノであるわけで、人間の集まりである国家間においても、それは当然押さえておくべきことがらでありましょう。にもかかわらず現実の世界にあっては、アメリカを中心にした西欧先進国的価値観が世界中に押しつけられ、それとは異なる考え方は一方的に抑圧されてしまうというのはいったいどうしたことか。米原さんの愉快なエッセイからは、その事に対する怒りのようなものもまた同時に感じられてきます。

 これは米原さんのお仕事が「ロシア語」の通訳であり、欧米的な思考と、そうでないスラブ的なものの考え方を同時に比較する機会が多い、ということに起因するのでしょうね。普段外国と言うとアメリカを連想してしまう我々には言われないとわからないようなことが、実体験としてしばしば見えてくる環境にいればこそなんでしょう。頭ではわかっていても、こうして文章で指摘されるとあらためて「ああそうだよなあ」と感じ入ることしきりです。

 いろいろなエピソード中、最高に印象的だったのが、ソ連崩壊後のカザフスタン共和国のアメリカ大使館が、アメリカ文化のすばらしさを教えるために、ハリウッド製の名画を上映するイベントを行ったときのエピソード。西欧では名画の誉れも高い「カサブランカ」が、カザフスタンの人々には悪評ふんぷんだったのだとか。

 不評の原因は、ナチス・ドイツからのヨーロッパの解放をしきりに叫ぶ主人公たちが、フランスの植民地であるモロッコに平気で支配者面しているおめでたさにあった。
 同じアジアのカザフ人は、この欧米人の無神経に即座に気がついたのに、日本人は、戦後この映画が上映されるや名画としてありがたく奉った。「脱亜入欧」、上昇志向の強い日本人の思考回路は、完全に名誉白人化しているらしい。

 能天気に「役者さんがキレイ」とか「絵が美しい」とか「物語がすばらしい」と言うだけで件の映画を高く評価するのも、それはそれで構わないと思うのですけれども、その奥に潜む「無神経」も併せて感づかないと、やっぱいかんのでしょうねえ。

 などと一瞬真面目なことを考えてしまうこともありますが、決してしかめっ面で読まなきゃいけない本ではありません。気軽にげらげら笑いながら読むもよし。なかなか、楽しいですよ。

00/1/16

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