イタリア日記
〜 Roman Workingday 〜

2005/Jun/19

機内


「10分後に搭乗開始します」
7分待って、 出来つつある行列に並ぶ。
B777の機内構造はだいたい分かる。
31J、 後ろのハッチから乗り込んで奥の通路、 Businessシートを羨望の眼で通り抜け、 往路で座った15Lを通り過ぎて次の足元ゆったりスペース。
上には小さい荷物ボックス。
荷物は二つ。
早めに乗り込んで、 このボックスともうひとつを確保しなければ。

搭乗ゲートオープン。
パスポートとボーディングパスの用意。
行列の少し前でもたつくヤツがいる。
ちっ。

さっと渡してさっと貰って、 早足で階段を下りるとそこには!!!

バス。

えーまじでー。

ちゃんと横付けしとけよー。
おまえらとことん日本人をなめとんなぁ。 遠路はるばるやってきてどんだけ金落としてる思てんねん。
ミサンガ買ってやったやんけ。
赤じゅうたん敷いてお見送りしたってバチ当たらんで。
それを、 バスに乗れってか?

VUITTONやらなんやらのブランドショッピングバッグを提げた日本人達をぎゅうぎゅう詰めにして、 バス発車。
空港内をぐーるぐる。
広い敷地にぽつんとALITALIAカラーのB777。
で?
で、 そのタラップを登れってか?

イタ公、 なめすぎ。
2度と来るか。



タラップで朝日新聞を貰い、 11時間の監禁体験スタート。
機内はみょ〜にトイレくさい。 往路便ではそんなことなかったけどなぁ。
31Jに向かう。 あー、 ビジネスシート、 いいなぁ。
15L、 出入り口に近くていいなぁ。
そして31J。
トイレの横・・・。

まぁ、 しかし、 この短い足をどんだけ伸ばしても構わないってのはグッド。

と思ったら・・・、 通路を挟んでお隣は子連れのイタ女。 しかも子供は大小二匹。

・・・長いフライトになりそう・・・。



朝日新聞を開く。
おおっ!!

双頭の蛇の記事。
写真も鮮明。
すげー!
浩君ったら密林に分け入ってる場合じゃなかったのね? ヒルに襲われなくても、 あんな苦し紛れのラストシーンを放送しなくっても、 日本にいたんだってよ。



ここで一気に解放感。
眠気。
寝よう。
耳栓して、 マスクして(空気が乾燥しているので、 喉・鼻をやられます)、 ブランケットにくるまれて、 寝る。
B777移動開始。
がたがたがたがた。
うぃーーーーん。
ごーーーーーー。
ばたばたばたばた。
どん。
ごぉんごぉんごぉんごぉん。

ぐぅ。



飯用カートを押す気配でなんとなく目が覚める。
オーストリアとハンガリーの間あたりか。

「ジャパニーズおあイタァリアン?」
「いたりあん」

「ジュース?」
「しゃんぱん」

「こふぃー?」
「のー」

「ジャァパニーズティー?」
「しーぐらーつぃえ」

お茶でパブロンゴールド微粒を流し込んで、 再び寝る。



機内の照明も落とされてはいるのだが、 なんとなく目が覚める。 だましだまし寝てきたが、 限界、 もう眠れなさげ。
モニターにはノバヤゼムリャ。 うぅ、 まだそんなとこかいな。 3合目から4合目ってとこか。

とりあえず後方のドリンクスペースでお水。
ちょうど夜にさしかかるあたりのはず。
ハッチの縦長のバイザーを上げてみると・・・。

まだ青い空に13夜ぐらいの白いお月様が真横。 分厚い2重構造の窓ではあるが、 10000m上空、 綺麗に見える。
B777の右翼のランプ。 眼下は当然白い雲。

・・・撮っとくか。
席に戻り、 御神体をTATONKAから引きずり出し、 フィルムを詰めて、 再び後ろへ。

露出を変えてひとしきり撮ったあと、 左翼側へ。

シベリアである。 夏至に至ろうというこの時期、 白夜の境界線を行く飛行コース。
当然、 強烈な光。

日が燦燦と差し、 月が煌煌と照らす日。

もう一本シャンパンを貰って、 席でちびりちびり。



追い風に乗り、 シベリアにぽつりぽつりとある街のビーコンを拾ってつないで、 B777はひたすら極東の島国へ。

バシネットで楼蘭あたりの子供のミイラよろしく寝ていた隣のがきんちょが騒ぎ出す。
その姉貴も
「くぁくぁくぁくぁ」
意味不明。 おまえは丹頂かハゲコウか?


つくづく損な性分だと思う。

人間関係の内的世界観の中には、 他者との境界線がある。
こっちは自分、 その向こうは他者、 つまり、 他者の領域も含めて自分の周りの世界を俯瞰する立場を採る。

これに対し、 異なる世界観を有する人がいる。
その世界の地平線の果てまで、 自分しか存在しない人である。

行動の基準は、 自分がしたいかしたくないか。 他者に対する影響などは考慮しない。
見聞した限り、 イタリア人はそんな世界観を有する人達が多い国だ。
まず自分ありき。 ざっつおーる。
ロータリーに進入、 当然、 回っているクルマもいる、 待つか、 行くか、 一瞬の判断。
行く。
タイミングがよければそれでいい。
悪ければ、 クラクションを鳴らされまくることになる。
窓を開けて手を振り上げられてわめかれることになる。
で、 どーするか。

言い返す。

イタ語は分からないが、 雰囲気から、 自分の正当性を訴えているように映る。


対して、 文句を言った側。
クラクションを鳴らして、 窓を開けて、 手を振り上げて、 わめきちらして、 わめく相手の発言なんか聞くわけでもなく、 それでも収まらない憤りをむにゃむにゃ車内で申し述べて、 それで終わり。

それでいいのか?

いや、 別の角度からの問い。

そうでないといけないのか?

そんな国には住みたかねぇが、 世界がそんな風になってきてるのだとしたら、 あるいは世界はもともとそんな風につくられてきているのだとしたら、 これから世界を相手にしていかないといけない世代に対して、 日本の謙譲とか遠慮とかって、 伝えるべきことなのかな?
某IT企業の社長じゃないが、 傍若無人なぐらいでないと、 世界じゃやってけないんじゃないか?
おとなしくホテルのフロントで行列に並んでる人の横を素通りして、 フロントに話し掛けるぐらいでないとだめなのではないか?

それは、 ニッポンがダメになるとか、 そんな国家論じゃなくて、 世界に羽ばたいて行く可能性のある、 全ての若い人個人個人が生きやすいように性格形成してあげないといけないんじゃないかということである。


で、 復活したミイラとハゲコウを養う、 このイタ女である。
泣こうが騒ごうが、 注意一つしやしねぇ。

彼女的には、 周りの連中はおとなしく寝ている、 ということは、 このぐらい騒いだって大丈夫ってこと、 という意識すら持ってないんだろう。

当然、 他者も含めての世界観を有する者としては、 この状況は極めて不快である。

騒音は人を狂わせる。
たかが音ぐらいで、 と言うなかれ。
騒音は人を狂わせる。

何度この母子を、 サイコ・ガンで蜂の巣にしたことか。


そんな弱い神経じゃだめなんだろうか。
「うっせー!」
とどなりつけて、 「そーりー」
と言わせて、 でも、 それでどーなるのよ。


愛妻、 愛息とフィンランドに出張に行った時のことを思い出す。

離陸寸前。 Taxingの最中、 愛息がびーびー泣き、 どうやっても止まらない。

周りの席の他者の心理状況が手にとるように分かる。

騒音は人を狂わせる。

空港内を滑走路へ向かう機内、 シートベルトのサインは当然点灯。 そのさなか、 頭上のトランクスペースを開け、 かばんをひっぱりだし、 おしゃぶりを取り出し、 余計な一言。
「段取りが悪い!」

そうじゃなかったんだろうなぁ。 そうすべきじゃなかった。
それが世界標準、 それがグローバルスタンダード。

「あーよしよしどーしちゃったんでしょーねーおねむですかぁもーちょっとまってねーすいへーひこーにうつったらおしゃぶりあげますからねー」

他の乗客が何発サイコ・ガンを打とうが、 気にしなきゃよかったんだろうなぁ。
「赤ん坊なんだから、 しょーがないじゃん」
って顔してりゃよかったんだろう。

このイタ女のように。



眠れるわけじゃない。 眠るわけじゃない。 ただ、 目を閉じる。 そして時間を忘れる。 忘れようとする。
ただただ、 時間を消費する。 限りある人生のうちの数時間を、 黙々と消費。

今後、 あの時のあの数時間が今あれば、 と思うときが来るだろうか。
きっと来るだろう。
あの数時間、 死んでればよかった。 そしてその分、 今、 生かしてくれ、 と思うときが来るのだろうか。
来ないとはいえないだろう。

たとえそうでも、 今の私は、 未来の私に、
「今は淡々と消費するしかないんだ」
と言い通す。 未来の自分まで、 世界観に取り込む余裕はない。

それに、 恨むなら、 その矛先は、 少なくとも今の私じゃない。



8合目。 日本の地図がモニターの端に。
北海道の西方沖を南下、 佐渡、 新潟を経て本州を袈裟懸けに一太刀、 太平洋側に抜ければ、 あと数十分で成田。





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