イタリア日記
〜 Roman Workingday 〜

2005/May/24

機中

Businessクラスのふかふかそうな座席を羨ましげに見下ろしながら、 15Lへ。 15Jには、 足を投げ出したイタリア人と思しきおっさんがでんと座っている。 でかい。 さて、 この13時間、 何回このおっさんに“Excuse me”ということになるのであろうか。
TATONKAを上の棚に仕舞い、 Harold's Gearのウェストバッグを足元に置き、 生茶と朝日新聞を座席前のポケットに突っ込み、 あ、 カメラ出すの忘れた。 早速、

“Excuse me”

60mmマクロの付いた御神体を上の棚のバッグから取り出し、 ようやくシートベルトを締めるに至る。



タラップ(というのか?)が外され、 エアロックが閉ざされ、 監禁体験スタート。
機体はゆっくり後退。 そしてTaxing。 どたばたという上下振動を感じつつ、 ぐんにゃぐんにゃ曲がる右主翼を小さな窓から眺める。
機内のモニターには、 酸素が減ったらきのこみたいなマスクが落ちてくるよ、 とか、 ライフジャケットは座席下にあるよ、 とかをイタリア語とCGで説明してくれている。 13年前は、 スッチーやひげを蓄えたパーサーが真面目な顔して、 息を吹き込む実演とかしてくれて、 それを見るのが結構好きだったのに、 味気ない時代になったものである。



ぐるーんと回って、 滑走路。
ボリュームの上がるエンジン音から一呼吸置いて加速。
がたがたがたがた。
主翼は羽ばたかんばかり。

どん、
と響いてあとはエンジン音のみ。 しばらく上昇。 主脚を仕舞ったり、 主翼を変形させたりする機械音を聞きながら、 快晴の中、 KIXを見下ろす。



泉州沖は快晴なのに、 大阪市内は雲の下。 もぬけの殻の横堤も拝めず。

モニター上の飛行情報は、 見たくもあり、 見たくなくもあり。 現地到着までの時間を今からカウントダウンされてもうんざりするだけ。
窓の外では、 雲を突いて孤立峰が遠くからこちらを窺っている。 おそらく富士山。
その後、 新潟、 日本海に抜けて山形・秋田・北海道を東に見ながら北上のパターン。
まだまだ先は長い。

ドリンクサービスでシャンパンを頼む。 エコノミーでシャンパンがいただけるとは、 ALITALIAさん、 やるじゃない。
機内食は迷わずItalian。 かっちかちのそばとか食いたくないし。



今回、 映画はどうも不作。 それでも、 “Forgotten”で2時間を潰す。 着想はいいんだけど、 落としドコロがなぁ〜。
不満を抱えながら、 寝る。
撮りたいものはまだ先。



何とか数時間を潰す。 トイレに何度か席を立つ。

“Excuse me”

その都度、 シャンパンをもらってきたり、 後ろのハッチの窓からえんえん景色を眺めたり。

機内は照明を落とされているので、 ジャケットを頭からかぶって目をつぶり、 そーっとブラインドを開けてみる。
10000m上空の光は、 厚ぼったいまぶたをいとも簡単に通過して真っ赤を通り越して白くさえ感じられる。 徐々に目を開けると、 マイルドセブンブルーの空にマイルドセブンホワイトの雲。



モニタの地図には、 広大なシベリア上空を過ぎ去ろうとする機体の絵。 まぁ、 メルカトル図法だから、 だだっぴろく見えちゃうんだろうが、 その上空を飛んでみても、 やっぱりうんざりするぐらい広い。
学生の頃、 2回。 社会人になってから、 ヘルシンキに2回、 先日ミラノに1回、 北周りを利用しているので、 5往復、 10回シベリアの上を飛んでいることになるが、 何回飛んでも拭えない、 漠然たる不安をこの地は抱かせる。

墜落とは行かなくて、 100歩譲って、 ふわりとこの地に降ろされたとして、 さて、 どーする?

昼間見ると、 白一色。 夜飛ぶともっと心細い光景を見ることができる。

10000m上空から、 たとえば45度下方向を見る。 その場所は機体から下ろした法線と地上との接点から10000m、 つまり10km先ということになる(地上は球面なので実際はもっと遠いことになるが)。
また、 B777は、 おおよそ900km/hで巡航してくれている。 てことは6分間で90km、 1分間で15km。
1分間、 下を眺めていれば、 15kmx10kmという広大な範囲をスキャンすることができる。 北山通りから六地蔵までが15km、 花園から山科までが10km。 これだけの範囲をたった一分間でチェックできるわけだが、 その範囲に、 人工の灯火がはたしていくつ見えるか。

見えないのである。 ずーっと見下ろしていて、 たま〜に、 いっこ、 とかである。

“君は、 生きのびることができるか?”



ノバヤゼムリャはもう後ろ。 白海、 フィンランドを抜けて、 バルト海上の飛行がこれまた長い。 メルカトルトラップである。
大陸というだけのことはあって、 ヨーロッパも広大なのである。 スウェーデンをかすめてデンマークあたりから雲が切れ、 傾いた西日に照らされた海岸線が、 美しい眺めである。
幾何学的に整地された田園もまた、 緑だったり、 土の色だったり、 人工的でなおかつ自然の美しさを有している。
そういったものをフィルムに焼き付けていく。



ドイツ上空に差し掛かると、 眼下は一面の雲。
モニタには、 ケルンだとかバーゼルだとかの都市情報が映し出されているが、 どれも見えません。

ジュネーブの情報が出たころ、 雪をいただいた岩山の峰々が一気にあらわれ、 あたかも雲の南下を体を張って食い止めるかのごとし。
アルプス山脈。
遠くに見えるあの峰は、 ユングフラウかマッターホルンか。

「ピレネーの南はアフリカ」
と言ったのは誰であったか。 同様の感慨を抱く。
「アルプスの南もアフリカ」。

コモ湖がアルプスの終わりを告げ、 ロンバルディア平原が視界に広がる頃には高度も下がり、 田園地帯に点在する赤い瓦屋根の集落とそれをつなぐ道が、 さながら神経細胞のようである。

B777はマルペンサを通過、 10数km南下して右旋回。 南からマルペンサにアプローチ。

小さく見えた集落が大きくなり、 教会の鐘楼の上の十字架まで視認できるようになり、 景色が飛ぶように流れ、 木々と芝生の緑しか見えなくなると、 どどん、 という響きで地上の人に。 エンジンの横のパネルがスライドし、 逆噴射口が顔を覗かせる。
ごー。

速度を落としたB777は、 それでもわりと速い速度で空港をうろうろし、 目的のゲートに到着。







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