と過ごす日々(アルツハイマー介護日誌)

2017年

*ここからは、最も新しい日付が上に来るようになっています。

今年の最初から読みたい方はこちらからどうぞ。


2008〜2013年の記録

2014年の記録

2015年〜16年の記録


10/15
母の足は快調。玄関まで位なら歩けるようになった。そして、反応もすこぶる良い。
ただし、疲れるのか、90分相手をすると眠ってしまう。

週末は雨なので、ヨーロッパの風景の写真集を買って持って行った。開くたびに反応も良く、あそこに行ったね、ここはいった?などと会話しながら並んで座って楽しく過ごした。

この前は花の写真集を見せてもらっていたので、自前で2Lにプリントしてミニアルバムを作って持って行った。
今は表情も反応もとても穏やかで、本当に嬉しい。今の母の状態、これでもアルツハイマーだと言ったら、誰もが少しは安心するのでは、と思う。

よく、子供は3歳までに親の恩を全て返すというが、今の母はまさにこの逆バージョン。今の母は、今までの私の介護の苦労にすべて報いてくれている。

目が合えば、あ、Reikoちゃんだ!Reikoちゃんは○○だね!!ともう凄いほめ殺しなのだが(笑)、母の記憶に残る私がそういう姿であるのは嬉しい。
母は私に随分と期待していたんだなと分かる。その期待にまあきっと、それなりに応えられたということだろうか。

84歳、アルツハイマーと診断されて10年。
こんな平和な時間が訪れようとは。

9/25
この週末も母は御機嫌で、手を引いて駐車場まで歩き、帰りも同様に。車内ではジブリのCDに合わせて歌も歌ってくれた。
久しぶりに弟の名前もひょっこり出て、良い感じ。この日はドライブが1時間に及んでも何とか持ってくれた。
いつものようにミニストップのソフトを食べて、ドライブして戻る。
先週持って行ったブラウスを着ていたのは、スタッフの心遣い。迎えに行くと「ああ、よかった。一緒に帰ろう」と言うのはちょっと困ったが、まあ送っていけば抵抗なくホームに戻ってくれるので問題なし。

マッサージの効果がじわじわ出てきたようで、車いすからよくぞここまで戻ったものだと感心する。
高望みはしないが、自分の足で歩けば脳も刺激されるだろうし、悪いことは1つもない。母も頑張っている。私も頑張らないと!

9/21
敬老の日ということもあり、月曜日に母を訪ねた。このところ、マッサージの効果を多少疑う気持ちになっていたが、この日は手を引けば駐車場まで歩けるようになっていた。
表情も明るく、台風一過の青空を眩しそうに見上げて嬉しそうだった。日によって体調に大きな波があるのは分かっていたが、これならばもう少し続けてもらおうかという気になる。

たが、やはり体力は継続的に衰えており、訪ねるとベッドで横になっていることも多くなった。それはまあ仕方のないことだろう。
黒地に白の花柄のブラウスを縫ったので持っていき、着替えさせてから車に乗せた。分かってくれたのだろうか。
このところ、ドライブも3,40分が限度のようだ。それでも外の風に当たるのはずいぶん気分も違うだろう。今また小康状態の感じなので、このまま穏やかに過ごしてくれたらと願わずにはいられない。

9/4
ちょっと間が空いたが、母はすぐにReikoちゃん!と言って笑顔で手を握ってくれた。車椅子からの脱却を目指している。まだ一人ですたすた歩けるわけではないが、少しでも手を引けば歩けるようになったのは素晴らしい。
一旦車いすになってから数ヶ月。まさか歩けるようになるとは思わなかった。

しかし、食卓につくと、すぐにテーブルに顔を着けて伏せてしまうという。劇的に回復することはあり得ないし、徐々に進行しているのも間違いないので、あちら立てばこちら立たず、仕方ないのだろう。
ドライブ中の口数は少し増えたが、姿勢の維持がますます大変になってきているようだ。ミニクッションを使って少しでも楽な姿勢を保てるよう努めてはいるのだが。

この頃雑誌の見出しで、「老親のリスク回避」的なものが目立つ気がする。確かに、介護は思いもよらぬ負担をかけるものだろう。しかし、まるで100%厄介者みたいな扱いの見出しを見ると、一体それでいいのかと思う。
迷惑かけたっていいじゃないの、家族なんだから、とも言いたくなる。

間違いなく相当の「面倒」には違いないし、お金も予想外にかかる。介護ストレスは相当なものだし、見たくないことも見なければならない。
でも、肉親に対してあまりにドライな態度の勧めにはとても割り切れない。
それに、明日は我が身、と思ったらそんな対応できる?

良いことも悪いことも全部ひっくるめて家族なんだから、迷惑かけるのは当たり前。勿論、私だって相当な葛藤を経ているけれど、だからといってまるで「厄介者払い」みたいなことは考えない。(まあ、父の時は大変だったが、それでも総合的には受け入れてきたと思うし。)

何だか本当に冷たい世の中なのかなと思う。

8/18
相談の結果、週2,3回のマッサージを受けることに決める。スタッフはとても期待しているが、どうだろうか。
辛いリハビリのようなことはさせたくないが、歩けるようになれば、それは大幅にQOLが上がるので嬉しいことだ。
とりあえず、様子を見てみようと思う。一旦車いすになった人がまた自分で歩けるようになるとすれば、お金をかける価値はあると思う。もっとも、医療費扱いになるそうなので、1回400円位になるという。ちょっと安心。
そうでなくとも、オムツになっているので、費用がかさむこの頃。でもまあ、母のためなら惜しくない。それに、また元気になってくれれば、「着せ替え」の楽しみも増えるだろうし。

嬉しい誤算になってくれたら!

8/13
ホームに迎えに行くと、何と今日は車いすではなく、歩いて車に乗り、歩いてホームの自室に戻った。数日前に、自分で立ったのだという。それで、スタッフが、手を引けば歩けますよ、というので半信半疑だったが、本当だった。
膝痛も治り、食欲も出たので、体調も大きく持ち直したのだろうか。スタッフには、リハビリを勧められるほど。

辛いリハビリはどうかと思ったが、マッサージなどして、少しずつ機能回復を図るので良いのでは、とのこと。考えてみようかと思う。
それにしても、本当にこの時期に良くなるとは有り難い。嬉しい誤算というべきか。

8/3
このところ母は調子がよい。食欲も回復して、自分の手でお箸を持って食べられるまでに回復したという。皮膚科も治りが良いのは食事がきちんととれているからだろうとのことで、通院も終わった。
ただ、ドライブが長くなると疲れるようだ。1時間だとちょっと持たない感じなので、3,40分が限度かもしれない。それでも、御機嫌が良くて本当に有り難い。
体調が良ければ万事良し。頭の回転も戻ったようだ。
さて、いつまでこの小康状態が続いてくれるだろうか。祈るような気持である。

7/16
先週行けなかったので気になっていたが、母は元気だった。入れ歯を外して寝ていたが、ドライブ行く?と聞くと起きてくれた。
私の顔を見るなり「あ〜よかった、Reikoちゃんだ」と言う。幸い妹の名前もすぐ出て、先週もそうだったという。このところ、少し頭の回転が速くなったようだ。その分、どういう訳か、また久しぶりに英単語が出てくる。99歳の伯母もなぜかOnly Oneとばかり言っていたが、英語は脳の何か普通とは違う場所に記憶されているのだろうか、と思う。
余りに暑いので心配するが、車の中は涼しいし、風向きと風量に注意し、助手席に火が当たりすぎないよう注意して走るので、一応快適。
このところ、珍しく、ソフトクリームをよく食べてくれる。今日はミニストップのソフトを8割がた食べてくれた。

ちょっと安心。かかとももうすぐ治るだろうか。

7/3
東京は蒸し風呂。この猛暑の中、母の通院。あまりの暑さに絶句したが、皮膚はずいぶん改善し、3週間後にもう1回行けば終わりそうという。ほっとした。
入れ歯の調整をしてもらったせいか、昨日は久しぶりに饒舌だった母。妹の名前もすらすら出てきて、自分の弟妹の名前も出たのには驚かされた。
連日のお相手で、母は御機嫌。食欲も出たという。これで少しほっとできそうだ。これも偏に信頼できるスタッフのお陰。有り難い。

6/24
踵の褥瘡はかなり良くなってきた様子でほっとする。今日は特に口数が多かった。花柄のモンペ風ズボン、とりあえずホームに置いてきたが、スタッフも、「花柄はよくわかったいらっしゃいますね。これ私のって、おっしゃっていますよ。」とのこと。
今までに作ったものもちゃんと判別してくれているようでほっとする。今夏のは素敵な柄だが、ちょっと地が薄いので真夏向きかも。とにかく、手入れが大変そうな布だったので、これだけはうちで洗濯します、と伝えてきた。

腰の曲がり方が激しいので、ドライブも1時間が限度。姿勢を保つのが大変なのだ。でも、今日は顔を見るなり、「良かった!迎えに来てくれた!」と言った。この言葉、2年ぶりくらい。水分補給も食事も足りてきたからかもしれない。

1時間ドライブしつつ、ミニストップでソフトを買い、一緒に食べた。少しは食べてくれたのでほっとした。今うちに美味しいアイスが沢山あり、それを持っていけるといいのだが。
暑くなってきたのでいろいろ気を付けつつ、もう暫くドライブできるといいなと思う。

6/15
ホームから、脱水が進んだので、やや強制的に水を飲ませて良いかという電話。そういえば、日曜日もあまり元気がなかったのはそのせいかも。
食事や水を拒否するのも認知症の典型らしいが、これは全く困ってしまう。栄養が悪いから、褥瘡も治りにくいらしいし。
当然ながら、見舞ってくれた従兄のことは分からないが、車の中では、暫くしたら話を少しだけし始めた。こちらも結構水分は気にして飲ませようとするが、もういらない、ばかり。
ちょっとネット検索したら、同じような状態で困っている人が沢山いると知った。もっと進行したら点滴かな・・・。

座ってばかりなので、今度はズボンの丈が短すぎる。花柄の生地を買ったので、長めに作ってあげるつもりだ。気に入ってくれるかなあ・・・。(何と、イタリア製!)

6/5
ホームから、かかとにできた水ぶくれがずっと治らず、とうとう褥瘡になったので皮膚科へという連絡。近くの病院の皮膚科は月水金というので、朝連れて行った。
妹が無理だったので、ホームから1人付き添ってもらい、車いすで。この頃家にはもう連れ帰れず、足湯も出来なかったので、どれほど悪化しているか分からなかったが、結構悪かったようだ。(勿論、ホームでも看護師等に見せて薬を塗ったりしている)
月曜は混む。でも仕方ない。結局全部終わって薬を貰ったのが3時間後。診察が終わったのが2時間半後だったので、スタッフには母を先に連れ帰ってもらった。

母の機嫌を取り、騒ぎすぎないように相手をしながらの待ち時間は結構大変。ただ、スタッフとも話ができ、それなりに有効な時間ではあったが、帰りにちょっとまた布地を買ったので、夏期講習が始まる前に緩いズボンを縫おうと思う。
オムツ+車いすになったので、更にゆとりが必要。安売り店でちょっと見たものの、やっぱり帯に短し・・・で、縫うしかない。布も選択肢が少ないものの、何とかニットの薄地が買えた。
ホームでは、同じ階の方が一人亡くなったという。脳腫瘍があって、あっという間だったとか。自分で自分の不調を的確に説明できないだけに、他人ごとではない。

でも、足のむくみは見事に治っていて驚いた。車いすながら、自分の足を動かして移動するため、血の巡りが良くなったのかも。これは1つ嬉しいことだった。
これからまた定期的に皮膚科通い。ちょっとかかりますよ、と言われた。母にとっては待ち時間がつらいが、予約になったので、次回はもう少し楽になるだろう。先週抜けた分、昨日・今日と連続で会えたのは良かった。
母の笑った顔を見るのは、私にとって、何よりのご褒美。また日曜日には多分従兄と一緒に行けるだろう。待っててね。(^^)/

5/29
昨日もまた母が夕食後吐いたという。とりあえず様子見ということで、目下連絡がないので、その後は落ち着いているのだと思う。
ちょっと連続したので気になるところ。ただ、ホームもよく様子を見ていてくれるので、任せておいて大丈夫と思う。

日曜日は妹に任せたのでドライブ抜きだが、御機嫌は良かったという。それだけに直後の嘔吐で驚いている。やはり姿勢の問題なのか、何か薬の影響?でも新しい薬はなさそうだし。ホームドクターにも連絡を取っていると思うので、それも次の電話が来るまでは大丈夫だろう。

来月は最後の新潟行。伯母の見舞いも最後にすると伝えたら、富山の従兄もまた行くという。今年も従兄がそろってうれしい。ただ、母が心配なので、今回は日帰りの予定。
運転は大変だが、二人いるし、夜遅くても構わないのでゆっくり帰京できればOK.

5/23
先週末は母とまたドライブ。いつものお墓参り方面と逆に、多摩川の向こうあたりまで。昔父が入っていたホームがあったあたり。
父が亡くなってもうすぐ10年になる。新潟に行った伯母もまだ存命。98歳になろうというところ。

萩方面に旅行中にホームから着信があり、驚いて折り返すと、母が吐いたという。それもかなりの量を。とりあえず妹に連絡し、何かあればいってもらうことにしたが、結局その後はむしろ調子もよく、問題なかった。 少し便秘気味でもあり、そのせいかも?という。
先週は妹一人だったので、車ではなくバスで行ったという。一人で載せるのは難しいし、仕方ない。やはり妹を認識できず、時折不可思議なことを言ったというが、私が行ったときは終始ゴキゲンで、笑顔の母に戻っていた。私も顔を見てほっとしたところ。

新しい車いす用のクッションの成果なのか、食欲も戻ったというし、いろいろ安心できた週末だった。

来月はまた新潟の伯母の見舞いに行くつもりだが、私の体力と母の様子、そしてもう従兄も分からないようだという伯母の状態を考えて、今度で打ち止めにしようと思う。元気であれば顔をに見にだけでも行きたいのだが・・・。
従兄も十分にわかっていて、もういいよ、と言ってくれている。お互い、自分の親だけで精一杯。昨年亡くなった叔父のお墓参りも、ずっと気になったまま。まあ、叔母自身が母の見舞いに来られないのだから、これもお互い様。

介護する人の健康第一。
言うのは簡単だけど、心はみんな、ちょっと辛い・・・。

5/2
先週末は妹が旅行中なので一人。車への移乗の「秘密兵器」を試してみる。車いすを寄せて、何とか抱え、とりあえず助手席へ。
当然ごく浅く腰掛けた状態で、椅子を回すことさえ不可能。だが、この「秘密兵器」の威力は抜群で、するっと奥まで体を寄せることができた!おお、これは凄い。

これが何かというと、実はただのビニールシート。ホームセンターなどで売っている、テーブルクロスの上に乗せる、透明のカバー。ちょっと厚めのものを、座席より少し長めに切って(50cm×60cm位)載せただけ。滑りがいいので、 母の腰をちょっと押せば、奥まで体が楽に動くという仕組み。我ながらGood idea?!
ただ、シートベルトのホルダーの方は、効果のほどは限定的なようだ。これも試行錯誤だろう。

ホームでは、母のためのシートをいろいろお試し中。何と、あるシートの上に座らせたら、食事も独りで完食したとか。これにはびっくり。姿勢がしっかり保てたからなのか、シートの威力に驚かされる。
座っている間、御機嫌がいいシートがあるようで、そのタイプを選んでもらうよう依頼。これで一安心…と思ったら、今度はベッドが少し硬いようで、寝返りが打てない様子だという。
比較的体圧が分散できるマットを買ったのだが、それなら、以前使っていたシートを重ねてもらおうかと思う。あのシートもかなり高価だったが、洗ってずっと使えるし、腰痛持ちにも良いと聞いて買ったもの。
一旦家に持ち帰ったが、今度また持って行こう。

いろいろ状態が変化し続ける母。今は少しでも笑顔の時間が長くなるようにと願わずにはいられない。

4/17
週末は妹が忙しくて私一人。母はトイレ介助の優しいスタッフに悪態をつきながら(!)も、私の顔を見てニッコリ笑った。
助手席の回転はとても助かる。しかし、すっかり足腰が弱って立てない状態なので、移乗が大変。特に浅く腰掛けた後、深く座らせるのが難しい。
それに、最近は助手席でもいろいろなことが気になる様子で、車のレバーを触ろうとしたりするのでちょっと心配だ。
シートベルトも、身長が低いうえに腰が曲がって更に小さくなったため、どうもベルト位置が気になるらしく、外そうとするのも困る。

困る、困る、と言いながらも、週末に母に会うのは私の楽しみでもある。もう葉桜になってきた並木道をあちこち走って、壊れたレコードのような母との会話を楽しむ。
帰宅後は、介護の仕方をあれこれ動画サイトでお勉強。そうか、頭の位置を変えれば楽に座らせられるんだな・・・。
折角買い換えた車。母に少しでも快適にドライブを楽しんでもらいたい。

でも、歩けなくなったため、もう家に連れ帰るのは難しい。何より、一度座ると立たせるのが困難。低い椅子にしたり、座面が少し硬めにすれば可能かもしれないが、一人での介護は無理だし、転倒も怖い。
無理せずに、穏やかな気候の間は、途中でどこか公園でも、車椅子を押してゆっくり一緒に過ごせたらいいなあ、と思う。

そう思いつつも、これからだんだん山が忙しくなってくる季節。泊りがけも目白押し!
ああ、ごめんね〜!!

4/12
この頃の母は食欲が本当にない。以前はおやつのお菓子はペロッと食べたのに、今は一口で「もういい。」
お匙ですくって口元まで運ぶとやっと食べてくれるが、それも3回くらいで「もういらない。」・・・ホームの食事も同様だそうだ。体重は減っていないが、おかゆ食をお匙で食べてもらおうとしても、どうもうまく行かないそうだ。
先週末にフロア長と相談をしたが、慎重に見極めつつ、もう少し様子を見て、極力自分の意志で食べられるようにしたいとのこと。お任せした。

相変わらず右足がむくんでいる。膝痛も完治はしていないが、腫れてはいないのでとりあえずそのまま。トイレは歩いて行っているそうだが、長い距離は車いす。日曜日に車が来たので、小雨ながら載せてみた。
助手席が回転するだけだが、これだけでも随分と乗り降りが楽になった。今度の車は長くなったうえに、ちょっと大きくなったのだが、幸い運転は前よりずっと楽に感じる。後ろの座席の乗り心地もずっと良くなった。ドライブ自体も楽しめそうだ。前の車に乗って10年。この間の進化が感じられるという訳だ。

お花見ドライブをしたものの、母にとっては絶えず話し相手が隣に居ることが嬉しいようだ。相変わらず最大級の褒め言葉で私の名前を呼んでくれる。これだけで本当に救われる気がする。
でもまあひっきりなしに「Reikoちゃん大好きだよ〜。」「Reikoちゃんがいるから安心だ。」と言われると思わずほめ殺しですか、と突っ込みたくなるが、真剣に相手をしてあげないと、ね。
殆ど忘却の彼方となってしまった妹にはちょっと気の毒だが・・・。でも妹は妹で、極力一緒に母を訪ねようとしてくれる。これは本当に嬉しいことだ。介護は家族全員で支えるもの。今は私は幸せだ。

3/21
先週末は何より表情が良くてホッとしたが、右足が凄くむくんでいて、靴が履けないほど。ちょっと心配。
トイレは自分で歩いて行っているそうだが、移動は車いす。何とか車に乗せて、久しぶりに家に連れ帰った。が、案の定立ち上がりが困難で、連れ帰るのになかなか苦労した。

妹とも相談の結果、助手席の母が乗り降りしやすく、車いすが積める車に買い替えることにした。座席が回転するもの、更に下まで降りるものなどがあるが、福祉車両ってどんなに高いんだろうかと思ったら、意外とそうでもない。

ぜひ実物を見てから、とネット検索し、とある営業所まで1時間かけて行って見たら、何と、1台も置いていないという。実はほかの営業所に貸し出し中だとか。 がっかりしたが、戻って近所の営業所でいろいろ相談。

福祉車両はなかなか中古での出物が少ないという。取りあえず、そこまで該当車を持ってきてくれるというので、やっと実物とご対面できそうだ。
車の買い替え時期なので、何にしようか結構悩んだが、ある意味、母のお陰で絞り込めた。

母の大好きな助手席。もう家に上がれなくなっても、ドライブには行けるし、車いすを押して外に出ることも出来る。ちょっと今年のお花見には間に合わないかもしれないが・・・。

3/14
週末に訪ねるとまた車いすで、足が痛いという。幸い食欲はまあまあとのことで、月曜日のホームドクターの診断如何ではまた整形に、ということになる。で、電話が来て、やはり診察を受けた方がいいとのことで、急遽月曜日にまた訪ね、連れて行った。
また水を少し抜き、湿布を貰い、少し弱い鎮痛剤に変えてもらって戻る。 少し歩けるようになったかなと思ったら、また車いす。これはやっぱりもう仕方ないのかもしれないが・・・。
幸い、母自身はすぐに注射針の痛みも忘れ、ホームではゴキゲンで3時のおやつを貰っていた。その笑顔にほっとした。そして、何とか夕方からの生徒にはセーフ。

3/5
ホームからいつ電話が来るかと気が気ではなかった1週間。連絡がないところを見ると母も落ち着いたのだろうと思って訪れる。
着くと、以前のようにテーブルに向かってお茶を飲んでいるが表情は穏やか。部屋には車いすが置いてあったが、手を引けば歩ける状態。痛みもなくなったようだ。
暖かい日だったので、ドライブがてらお墓参りに連れ出した。車に乗るまでのほんの5,60m程が大変だったが、何とか両手を引けば歩いてくれた。墓地では車いすを借り、無事にお参りも出来た。

車内では以前のようにゴキゲンで、「Reikoちゃんがいるから安心だ。」「Reikoちゃんと一緒だから嬉しいよ。」などと言ってくれる。 後部座席の妹の話題が出ないのは何とも気の毒だが、満面の笑みでそう言ってもらうと今までの苦労が全部吹き飛ぶよう。

とはいえ、それがひっきりなしなので、合いの手を打つにも一苦労だが、母は安心しきっている様子なので何よりだ。先週とは別人の変わりように、驚いたりホッとしたり。これならまた来週は家に連れ帰ることもできるかもしれない。
車内でも、ジュースを飲んでくれたし、プリンも食べてくれた。ホームでも食事もできるようになったそうで、一安心。

2/26
木曜日にホームから電話。膝が痛いと訴えていて、訪問看護師が膝に水が溜まっているようだというので、すぐに病院に連れていくという。翌日の午前中なら出られるので、では私が行きます、と電話を切った。妹に連絡すると、土曜日の午前なら何とかなるというので、結局土曜に連れていくことに。
ホームに行って見ると、想像以上に状態が悪く、車いすなのはまだしも、痛みで食事も水分もままならず、かなり大変な状態だった。勿論、医師の指示で高カロリーのゼリーなどをスプーンで口に運んでもらっていたが、それでもかなり心配な様子だという。電話口のスタッフの慌てた感じに合点がいった。

一体数日でどうなっちゃったのかなと思ったが、車椅子から車に移すのも痛がって無理なので、車いすのまま病院まで連れていった。(車椅子を押して行ける程度の距離。)

何が大変かというと、待ち時間の長さ。何とかあやしながら、待ってもらう。次に大変だったのがレントゲン撮影。とにかく、ベッドに移すのが3人がかり。
「あとは私たちがやりますから」と部屋の外に出されて、心配しながら聞き耳を立てていると・・。
「痛い痛い!やめて!」
「大丈夫ですよ。はい、移りますよ」
「痛い〜!バカヤロ〜!
「ちょっとだけ我慢してくださいね」
「あ〜痛い!死んだ〜!!!
「大丈夫、まだ死んでませんよ〜。」
(^-^;
でも、終わってから車いすに移されると、憑き物でも落ちたように好機嫌。で、また延々待ってやっと診察。
ここでも移乗で大騒ぎ。(まあ痛いんだから無理もないが。)結局、骨折ではなく水が溜まっているからということで、注射器で抜いてもらう。太い注射器1本分。いきなり刺されてこれまた大混乱だったが、湿布も貼ってもらい、痛み止めも貰ってやっと終了。所要3時間。

ホームには無事立派なベッドも組み立てられ、ホッとしたのもつかの間。これはまた車いす生活になるのか、とちょっとがっかりする。
ただ、ホームには余分の車いすが沢山あるので、当面貸してくれるという。良い座布団もあるということで、有り難くお借りする。

向精神薬はやめているが、まだ抜けきっていないようだ。口の方はだいぶ前と同じ感じになったが、手が震え、箸も持てないという。早く戻ってくれるといいのだが、体の状態が戻らないと一気に状態が悪化するかもしれない。何より、食事と水分補給に非常に 困難だということで、それが一番の気掛かりだ。

う〜ん、なかなか大変な1週間だった。

2/19
先週半ばに電話があり、セロクエルから変えた薬を三日飲んだだけで体調が一気に悪化したので、薬を中止するとのこと。精神系の薬は一切ストップ。
心配なので土曜日に行ってみると、薬をやめたことでかなり回復してきたものの、ベッドから全く起き上がれなかったし、食事も難しいほどになっていたという。この日は何とか両手を引けばゆっくりと歩けたので、気分転換にドライブに連れ出し、家につれてきた。

ところが、妹のことが理解できず、支えた腕を振り払った反動で倒れこんでしまった。幸い私がもう一方の腕を持っていたので、ゆっくりと尻もちをつくような格好になって、どこもぶつけず、怪我もなかったが、これはもう車いすが必要なレベルだ。
椅子からも容易に立ち上がれず、支えたり腰を引っ張ったりして何とか車に乗せ、ホームに送り届けた。
今日は美容院の予約があったので久しぶりに連れていくことにしたのだが、迎えに行くとまだ昼食を食べていた。おかゆ状にしてもらってあったが、お匙でやっとすくっている状態。ちょっと手伝って、6割がた食べさせる。

美容院へ向かうにも、今日は車いすを借りてそのまま移乗させ、着いてからも、降りるのに一苦労。さらにおとなしく座っているものさらに難しくなった。もう連れ出しての美容院は無理のようだ。
ベッドはもちろんだが、これは早晩車いすを買わなければならないだろう。ただ、大変と言えば大変ながら、一旦車いすになれば、連れ出す際には行動範囲は意外と広がる。そうだ、トランクが広い車にしなくっちゃ。

昨日今日と母のお相手をしたのでゴキゲンは良かったし、幸い、頭の方は元に戻りつつある。大したことでもないのに、気にして薬を貰ったことで、かえってぐっと状態を悪くしてしまったことを非常に悔やんでいる。スタッフも、以前のままでも全く問題 はなかったので、今後はそのまま精神系の薬はやめましょうということで一致。
しかし、薬でこうも状態が変わるとは恐ろしい限りだ。

2/14
週末にスタッフから報告を受けた。どうも変えた薬が合わないのか、いろいろ問題が起こっているという。更に、起き上がりが難しくなり、電動ベッドをそろそろ検討するよう言われる。
介護枠は使い切っているので全額自費となり、レンタルしても半年か1年で買うのと同額程度になってしまうので、買うことになるだろう。

水分の補給が非常に大変で、そのためにかなりの便秘にもなっているそうだ。超ハイな様子はかなり収まったものの、歩行もかなりヨロヨロになってきて、どうも変えた薬のせいはないかという印象だという。
薬の名前を聞くと、結局中身はセロクエルだということでびっくり。この薬は、1週間位はとても合う感じだが、すぐにまた変わらなくなってしまう。過去にも使ってそう思ったので、早速別の薬にしてもらうよう頼む。(かかりつけ医にほかの選択肢も示されているし、ホームから随時相談もしている。)

また排泄も更に感覚が悪くなり、完全にリハパン等のオムツとなった。食事量もかなり減っていて、箸の使い方もわからなくなっているようだという。
問題は、それが全てセロクエルのせいなのか、それとも認知症の進行によるものなのか、ということだ。ともかく、多少ハイであろうとも、元気な方がいいに決まっているので、スタッフに薬の件は特にお願いしておいた。

で、電動ベッド。細かい上下のためにはモーターが2つ、3つと必要になり、定価でいうと30万円にもなろうという代物。レンタルでも1か月1万円するので、ネットで新品を検索しつつ、中古も調べている。 でもまあ、母のため。今後を考え、また故障したらどうするかも考えて、恐らく、3モーターのを買うことになるだろう。

母はこの頃私を姉だと思っている。そしてとても「頼りにしている」。私の顔を見ると嬉しそうで、それだけですべての心配も吹き飛ぶというもの。新しい、かわいいパジャマも気に入ってくれたようだ。

2/6
車に乗るといつも浮き浮きしている母。昨日は珍しく一度も「スコッティって書いてある!」を言わなかった。心配した雨もほとんど気にならず、家でまったりした。
中村屋の幼い二人の番組を一緒に楽しみ、伸びた手の爪を切って、夕方送り返した。

スタッフによると、体を動かすのがだんだん難しくなり、寝返りを打っていないようだという。また、出来ることを本人にさせるためにも、寝間着がもう少し伸縮性のあるものを、とのこと。帰りに早速ヨーカ堂に寄って、伸びのよいパジャマを2組買った。
またリハパン使用のため、もっとウエストが大きいものが必要で、ジャージようなパンツで3L(!)をゲット。丈を調整して、また週末に持って行こう。

髪もまた伸びてきた。この半年ほどお世話になっている美容院は認知症でも受け入れてくれるのだが、それでもだんだん対応が難しくなってきた。どうしようかな・・・。
ザンギリ頭にされてしまうことを我慢すれば、ホームへの出張カットにまたお願いすることもできるのだが。本当は、できることならお顔の手入れもさせてあげたい。乳液などはホームの自室に置いてあるものの、 マメに使ってくださいと言いにくい。家に来た時に、足湯の際に一緒に塗ったりするものの、目が合っていない時はたまに急にキレルこともあって、なかなか難しい。

立ち上がりも歩くのもどんどん大変になってきた。車いすもそろそろ考えなければならないかもしれない・・・。

1/22
昨日はホームの家族会だった。9人中、5人の家族が集まった。昨年は入所者の入れ替わりが結構あったが、亡くなった方もあり、特養に入った方もあったそうだ。
母は寝ていて、起こそうとすると、肩が痛くて起きられないと言う。何とか起こして一緒に食事したのだが、そろそろ昼間もトイレの失敗が出てきて、リハビリ・パンツ(リハパン)に移行しつつある。
娘の名前はよく出るものの、話の中身はますます「自分の世界」に収まってしまい、入所して2年弱でずいぶん進んだなと改めて思う。

骨折を繰り返した方もいたそうで、母も起き上がりが難しくなったりしてきたので、ちょっと危なくなと思っている。勿論、スタッフが良く見守りをしてくれているけれど、事故は必ずしも避けられるわけではない。 また今年もいろいろなことが起こるだろうけれど、予測はできないので、今できることをしておくしかない。
今日はホームで一緒に昼食を食べたので、嬉しそうだった。常に話しかけることが一番の薬のようだ。・・・なかなかできないけれど・・・。

1/16
先週また精神科を受診。ハイテンションは、認知症の進行に伴って「抑制」が外れたからという可能性も高いという。なるほど。
今回は予約制とはいえ、実際に受診するまでの待ち時間を何とか「あやし」ながら凌ぐのに苦労した。「もう帰ろうか」となってしまうのだ。無理もない。

幸い、医師は前回と変わったが、優しそうで丁寧に説明してくれた。放置するのもありだが、酷くなって他人物に手を伸ばしたりするとホーム暮らしに支障が出るうえに、そうなってからの投薬は効かなかったり多量の服用で副作用が心配になったりする ので、ごくごく少量を試してみることになった。
既にやめたアリセプトは、どちらかと言えばテンションが上がる方で、続けているメマリーは抑える方と言えるそうだ。メマリーをMaxにする方法もあるというが、まずは穏やかな安定剤の方を処方してもらった。
2週間試してみて、他の候補も上げたので、あとはかかりつけ医に相談することになった。勿論、問題があればまたこの病院を受診できるのだが。

ホームに連れ帰ると、他の入所者と一緒にすぐにテレビを見てくれた。が、すぐに画面を見て早速大きな声で「〇×〇×!!」と余りふさわしくない言葉を叫んでくれたのでガックリ。
でも、スタッフはそれを見てニコニコ顔。「いいんですよ、ストレス発散したほうが。」・・その言葉に私が救われた。

日曜日に連れ帰ったときは久しぶりに足湯をした。幸い足の爪は綺麗に切ってあった。冷えた足を暖め、カサカサの肌に乳液を塗って、気持ちいいと言った母の笑顔を見てほっとする。
出来ることを出来るときに少しずつ。これしかないな・・・。

1/9
土曜日の母は、相変わらずややハイテンション。ずっと手でリズムを打っている。スタッフは、「こちらは全く構わないのですが、訪問看護師が、この状態だとたぶんご本人が疲れてしまうだろうからと受診を勧められました」とのこと。
今日は今年初めて家に連れ帰る。いつも、至近距離までくると、「次はどっちに曲がろうか?」と聞いている。直近の3か所はいつも間違えない。が、この日は最後の曲がり角も逆を指した。う〜ん。

家では妹がショートケーキを買ってきたので一緒にテーブルで食べる。はいどうぞ、とフォークを添えて出したのだが、いきなり手づかみ。おっとっと・・・。フォークの使い方が分からなかった様子。あわてて手を拭き、小さめに切手から「はいどうぞ」と勧めてみる。何とかクリア・・・と思ったら 途中でまた手づかみ。確かに、ケーキは食べにくい。お饅頭の方がよかったかな・・・。

今週は精神科受診もある。妹が休めなかったので私一人。母にもちょっとだけ頑張ってもらわないと。
週末は妹に任せる、と言ったら、「あれ、通院があるでしょ?」「あるけど、週末は週末で、行けるときは行かないとね。」「わかった。」・・・母と意味のある言葉を交わして意思疎通できる時間は少ないのではないかと痛感している。
出来るときに出来ることをする。そして、一人で抱えすぎないこと、も。これが今年の私の方針。

2017 1/6
迷った末、今年もまた元日に母を迎えに行く。ただし、ドライブが好きなので、空いているはずの都心を走ることにした。

ところが、意外にも環八に出るまでに大渋滞。ようやく首都高に乗って羽田まで行く。母はそれなりに喜んだが、飛行機が頭上を飛んでいく迫力を求め、さらに京浜島まで。
ここでちょっぴり母を待たせ、カメラ片手に待機。が、時間帯が悪かったのか、写す前に車内で見た2機のほかは、反対方向に飛び去るのみ・・・。

帰り道、初めての長すぎるトンネル走行に、古いカーナビが大混乱。結局、ずっとトンネルを走り続けてようやく新宿に出た。どうやら新しく(といっても既に1,2年経ったらしいが)長大な(総延長18キロ!)トンネルが 出来ていたのだった。…知らなかった。

で、母の相手をしながらホームまで送っていった。 母の話はいつも「お父さん(母の父親)」と「ちびちゃん」が出てくる。この「ちびちゃん」は、弟・妹だったり、うちのインコだったり、赤ん坊の頃?の私たちだったりするようだ。

客観的に見れば、母は間違いなく「精神的に正常ではない人」そのもの。他人がこんな人を見たら、きっと誰でもすっと避けるだろう。
でも、私たちには、そのとりとめもない内容は子守歌のよう。時々合いの手をうちながら、全く問題なく聞き流す母の声でしかない。さてさて正常と異常との差はどこにあるのだろう・・・。

いや、明らかに母の症状は進んでいる。しかし、まだ会話は成り立っている。話しかければちゃんと反応してくれる。・・・少なくとも私はそう感じている。


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