USTA マガジン
2001年7 / 8月号
スフィンクスの謎
文:Joel Drucker


テニス界の最も偉大なチャンピオンは
その最も大きい謎のままである。


ピート・サンプラスはテニス界のスフィンクスである。スフィンクスのように、サンプラスはテニス界の地平に大きく立ちはだかる。スフィンクスのように、サンプラスはライオンの特質を持っている。そして、スフィンクスのように、サンプラスは無口で、理解しがたい――しかし地下聖堂の奥深くから、彼は心からの感情を呼び起こす事が可能なのだ。

サンプラスが心と魂をもって明らかにした、コート上での感動に満ちた多くの時を思い出してみよう――死にゆくコーチのティム・ガリクソンを思い、悲痛な涙を流しながらも勝ち抜いた95年オーストラリアン・オープンのジム・クーリエ戦。シングルス第1戦を勝ち取った直後に(ケイレンで)倒れ、甦ってさらに2試合で勝利した、モスクワでの95年デビスカップ決勝における英雄的行為。第5セット・タイブレークで嘔吐しながらも勝利した96年USオープン。最も最近では、2000年ウインブルドン。

昨年、サンプラスは驚異的な偉業を達成した。前代未聞である13回目のグランドスラム・シングルス・タイトル、タイ記録となる7回目のウインブルドン・シングルス選手権を獲得したのだ。それは災厄と勝利が混じり合う典型的な事例だった。

2週間を通じてサンプラスは左足と足首の腱炎に苦しみ、試合の間にボールを打つ事さえできなかったのだ。

なんとか決勝まで辿り着いたが、8年近くぶりに両親がグランドスラム大会でプレーを見守る中、彼はパトリック・ラフターに対して1セットを落とし、第2セットのタイブレークでも1-4と後れを取っていた。その窮地を脱して試合を互角に戻し、サンプラスは主導権を握った。そしてテニス界で最も神聖な芝生に闇の帳が降りる直前、サンプラスはそれを終えた。「それは彼の時であり、彼に馴染みの場所だ」サンプラスのオール・イングランド・クラブでの成功について、ブラッド・ギルバートは語る。「彼は天才だ」

サンプラスは言う。「そのテープを見ると、昨年のウインブルドンで家族と共に経験した記憶が甦る。今でも感じ入らずにはいられない。それはキャリア、僕が成してきた事を反映している。その価値を充分に認識していなかった頃もあった。だが、あの記憶はいつだって僕の胸を打つんだ」

しかしウインブルドン以降は、鳴りを潜めた。オール・イングランド・クラブにおける勝利以降、4月中旬の時点でサンプラスには大会優勝がなかった。これほど長く優勝がないのは、彼のプロキャリアで初めての事だった。昨年の秋に女優ブリジット・ウィルソンと結婚した事が、USオープン決勝でマラト・サフィンにストレートセットで叩かれた事と結びつけられ、彼のモチベーションについて疑問が持ち上がった。「彼についてどう考えるべきなのか、大いに困惑している」と ESPN 放送の解説者クリフ・ドライスデールは言う。「彼はとても長い間、奴隷のように励んできた。今、彼の心はかつてほどテニスに向かっていないようだ」


2001年の前半、サンプラスはトッド・マーチン、クリス・ウッドルフ、アンドリュー・イリー、そして10代の新星アンディ・ロディックに敗北を喫した。これらの不用意な敗北に加え、テニスマスターズ・インディアンウェルズ決勝でアンドレ・アガシにストレートセットで負けたのは、アガシの株を上げ、サンプラスは崩壊寸前であるという気懸かりを増大させる敗北であった。

しかしまた、もしサフィンが人生最高の試合をしなければ、サンプラスはUSオープンで優勝し、2000年をナンバー1で終えていた――そして今年の早期敗退は何も意味しない。「あのサフィン戦での敗北は、本当にピートを傷つけたのかしら」と、TNT と CBS 局の解説者マリー・カリロは言う。「92年のオープン決勝でエドバーグに負けた時のように、彼は眠れないほどだったと本当に思う? 彼は終わりだと判断するのは時期尚早だわ。でも私が疑問なのは、ピートには本当に切迫感があるのかという事」

マーティンもまた疑問に感じている。「(サフィン戦での敗北を)ピートが納得しているとは思わない。彼は驚愕したのだろう。21歳の頃なら、驚き、そしてさらに励みたいと考える。29歳にもなると、自分は本当にテニスを楽しんでいるのだろうかと考える。あらゆるボールを叩きつけるような男たちと、対戦できるだろうかと考える。それは厳しいよ」

スフィンクスは、これまでになく野心的に語る。「僕にはまだ、良い年が何年か残されていると思うよ」とサンプラスは言う。「この5年ほどで、ゲームはより力強くなってきた。楽な試合はない。だが自分のゲームが上手く噛み合えば、僕はまだ本命の1人であると今でも考えている」

サンプラスは非常に長い間、これらの言葉を実証してきたので、彼の成功は当然の事と受け止められるようになっていた。彼は8年連続でグランドスラム・タイトルを獲得し、ビョルン・ボルグの記録に並ぶ。スポーツ界の歴史で、6年連続でナンバー1にランクされた者はいない。残念ながら、彼の古風で寡黙な物腰は、現代のテニスチャンピオンとして求められるモデルを無視してきた。我々はマッケンローの不平、ベッカーの苦悩、アガシのジェットコースター人生、コナーズの目立ちたがりに馴染んできた。「サンプラスにとっては、常にすべてがビジネスだったのだ」とドライスデールは言う。

サンプラスの滑らかなプレースタイルさえも、彼のよそよそしい雰囲気を強めている。ポイントごとのプレッシャーをジョー・フレイザー風に利用するアガシやコナーズとは異なり、サンプラスは悠然と獲物を待つライオンのようだ。

「ゲームは飛ぶように通り過ぎ、大してボールを見てもいないのに、彼はサービスをキープしている。そんな感じだ」とギルバートは言う。そして4-4になると常に、サンプラスはヒョウのように動き、信じがたいような6ポイントを重ねてセットを取る。――そして恐らく、結局のところ、相手は決して試合に入り込めないのだ。「適切な時に適切なプレーをする彼の能力は、僕の知る誰よりも優れている」と、マーチンが指摘するように。

心理学者で元ツアープロのアレン・フォックスは、肝心な場面で上手くやり遂げるサンプラスの能力を、ロッド・レーバーにたとえる。「自分のプレーをテープで見ると、とても簡単そうだ」とサンプラスは言う。「そうなるまでに、どれほどの努力が必要だったか、みんなに分かってもらえたらなあ」

サンプラスは8月で30歳になる。現在の問題は、彼がさらなる努力に時間を費やす気があるのかどうかだ――今月のウインブルドンのためだけでなく、彼は芝生でしか勝てないと考える者を黙らせるためにも。「この数年、彼がベストの体調でいたとは思わない」と、元チャンピオンのトニー・トラバートは指摘する。「彼はサーブに頼りすぎている」

マーチンもまた、技術上の問題に気づいている。マーチンが言う問題は、サンプラスが充分な試合数をこなしていない事により、増大しているのかも知れない。「彼は以前ほど動きが良くない。特にネットで」とマーチンは言う。「彼は不意を突かれるようになってきている。時に彼を見て、彼は最高だと思う。次に彼を見ると、これまでと同じ情熱を持っていないと感じる」

ピート・サンプラスを分かる事のできた者は、たとえいるにしても、ごく少なかった。だがこれだけは知っている。6月25日の月曜日、彼がウインブルドンのセンターコートに歩み出る時、100年以上もの間、誰も成し遂げなかった事を試みるのだと。記録となる8回目のウインブルドン・シングルス・タイトルを追い始めるのだと。

97年オーストラリアン・オープン以降、サンプラスにはウインブルドン以外のスラム優勝がないと言おうが――その間に、彼はウインブルドンで4回優勝したのだ。彼は大げさな振る舞い、あるいは自己を曝す事に気乗り薄だと言おうが――彼はそれでも史上最高のテニスプレーヤーに違いないのだ。「おい、私はジョー・ディマジオがバッターボックスで笑うのを見た事がなかったよ」とトラバートは言う。彼のポーカーフェイスについて何を言おうが――彼は授賞式や試合の最中に、涙にむせぶ男なのだ。「こんな事をするために、何が必要か分かるかい?」とサンプラスは尋ねる。それが我々に分かればいいのに。

君が知りたいかどうかはともかく、スフィンクスは、彼の謎かけに答えられない者を殺す事でも名高いのだ。もし現代テニスの謎があるとしたら、それはこれだ:ウインブルドンでピート・サンプラスの反対に賭ける勇気があるか?




<参考:ジョエル・ドラッカーの記事>
ノースウエスト航空機内誌「ワールド・トラベラー」 2000年6月号
ピート・サンプラス、完璧の追求


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