ラクダを切ってはいけません!

炉辺夜話数学編第1夜

エジプトでは,昔,分数を単位分数の集まりとして考えていたそうだ.そのせいか,この話に登場する父親は遺産分割の割合を単位分数で指示し,その結果,息子たちは思わぬ難題に直面することになる.そこに登場するのが賢者と愚者.全体の構成は,お馴染みの落語「ときそば」仕立てである.

なお,分数が初めて登場する小学校4学年以降で習う漢字には下線を引き,title属性を利用して振り仮名を入れてある.したがって,マウスカーソルを置くと振り仮名が表示される.それでは,お楽しみあれ.

昔むかしのお話です.

エジプトのある村に,父親と3人の兄弟が仲良よく暮らしていました.父親は17頭のラクダを使って荷物を運んで暮らしを立てていました.ところが,父親が病で亡くなってしまいます.亡くなるとき,父親は3人の兄弟にラクダを分け与えました.長男には2分の1を,次男には3分の1を,まだ小さい三男には9分の1を与える言い残のこしたのです.お弔い済むと,兄弟は早速ラクダを分けようとしました.

長男は「は2分の1だから8頭と半分」と言って8頭を取り,

次男は「は3分の1だから5頭と3分の2」と言って5頭を取り,

三男は「は9分の1だから1頭と9分の8」と言って1頭を取りました.

しかし,残る3頭をどうするかでハタと悩んでしまいました.

長男は「はあと半分だ.3頭のうちの1頭をに半分に割って片方貰うことにする」と言い,

次男は「はあと3分の2だ.3頭のうちの1頭を辺りで切って,大きい方を貰おう」と言い,

三男は「はあと9分の8だ.3頭のうちの1頭の頭かお尻を切り取って,残り貰うことにする」と言いました.

しかし,事はそう簡単ではありません.

長男は,「右半分を取るべきか左半分を取るべきか.右半分を取ったらラクダは右にしか進めないし,左半分を取ったら左にしか進めない.これでは荷物を運べない.さて,困った」と悩み

次男は,「の前の方で切るか,後ろの方で切るか.前の方で切ったらラクダの前足がなくなるし,後ろの方で切ったら後ろ足がなくなる.これでは荷物を運べない.いや,困った」と悩み

三男は,「頭を切った方がいいかなあ.それとも,お尻を切った方がいいかなあ.頭を切ったらラクダはどっちに行くかわからないだろうし,お尻を切ったらトイレで用を足せないし.これでは荷物を運べない.ああ,困った」と悩みました.

三兄弟がラクダのどこを切るかで頭を抱えているところに,ラクダに乗った賢者通り掛かりました.

賢者は「これこれ,そこの三兄弟,揃って一体何を悩んでおる」と尋ねました.

兄弟の悩みを聞いた賢者は,暫く眺めてから言いました.

「それでは,我がラクダを君たち兄弟に進ぜよう」

三兄弟はこの申し出にビックリ.「また,厄介なことを仰るお爺さん.1頭では3人で分けることはできません」と断りました.

すると,賢者は「父上の遺したラクダは17頭.これと合わせれば18頭になる.これで分けなされ」と言いました.

これを聞いた三兄弟は「それでは戴きます」と賢者のラクダを受け取り,数え始めました.

は2分の1だから9頭.やっ,割り切れた」と長男はビックリしました.

は3分の1だから6頭.やっ,割り切れた」と次男もビックリしました.

は9分の1だから2頭.やっ,割り切れた」と三男もまたビックリしました.

賢者は「そうであろう,そうであろう.ところで,そこにラクダが1頭残っておる.そのラクダをに返してくれるかな」と言いました.もちろん,三兄弟は喜んで返しました.

三兄弟から感謝されただけでなく,事の成り行きを見守っていた村人たち全員からも拍手されながら,賢者は返して貰ったラクダに乗ってゆるりゆるりと去って行きました.

これを木陰から見ていた愚者が一人.賢者真似をして賢いところを見せたいと機会窺っていました.そして―

エジプトのある村に,父親と3人の兄弟が仲良く暮らしていました.父親は11頭のラクダを使って荷物を運んで暮らしを立てていました.ところが,父親が病で亡くなってしまいます.亡くなるとき,父親は3人の兄弟にラクダを分け与えました.長男には2分の1を,次男には3分の1を,まだ小さい三男には6分の1を与える言い残したのです.お弔い済むと,兄弟は早速ラクダを分けようとしました.

長男は「は2分の1だから5頭と半分」と言って5頭を取り,

次男は「は3分の1だから3頭と3分の2」と言って3頭を取り,

三男は「は6分の1だから1頭と6分の5」と言って1頭を取りました.

しかし,残る2頭をどうするかでハタと悩んでしまいました.

長男は「はあと半分だ.2頭のうちの1頭を縦に半分に割って片方貰うことにする」と言い,

次男は「はあと3分の2だ.2頭のうちの1頭を辺りで切って,大きい方を貰おう」と言い,

三男は「それではの分がなくなってしまうよ」と言いました.

三兄弟が2頭のラクダをどう分けるかで頭を抱えているところに,愚者がラクダに乗って,ここぞとばかりに乗り込みました.

愚者は「これこれ,そこの三兄弟,揃って一体何を悩んでおる」と尋ねました.

兄弟の悩みを聞いた愚者は,暫く眺める振りをしてから言いました.

「それでは,我がラクダを君たち兄弟に進ぜよう」.

三兄弟はこの申し出にビックリ.「また,厄介なことを仰るお爺さん.1頭では3人で分けることはできません」と断りました.

すると,愚者は「父上の遺したラクダは11頭.これと合わせれば12頭になる.これで分けなされ」と言いました.

これを聞いた三兄弟は「それでは戴きます」と愚者のラクダを受け取り,数え始めました.

は2分の1だから6頭.やっ,割り切れた」と長男はビックリしました.

は3分の1だから4頭.やっ,割り切れた」と次男もビックリしました.

は6分の1だから2頭.やっ,割り切れた」と三男もまたビックリしました.

愚者は「そうであろう,そうであろう.ところで,そこにラクダが1頭残っ……」と言いかけましたが,ラクダはもう1頭も残っていません.

三兄弟から感謝されただけでなく,事の成り行きを見守っていた村人たち全員からも拍手されながら,愚者はとぼとぼと歩いて自分の村へ帰って行きましたとさ.