伝 言
―1―
北風に背中を押されるようにして、新一は駅前の歩道を歩いていた。講義を終えてから出た街は、すっかり日も落ちて夜になっている。
今日の夕飯は外食。平次が高木に教えてもらったラーメン屋に新一を連れて行ってくれるというのだ。
脇のデパートのショウウインドウには、クリスマスを前面に押し出したディスプレイが飾られている。雪を模した白。ツリーや柊の緑。そして、サンタクロースの赤。
寒い季節を暖かくするイベントはもうすぐだ。暗くなった空に歩道のイルミネーションがきらびやかさを増している。
隣を歩いていた平次が、突然新一の腕を引いた。
「なぁ、工藤はなにがええ?」
彼は大きなショウウインドウの前で足を止めていた。
男女の顔のないマネキンが色違いのダッフルコートを着て、互いにプレゼントの箱を渡そうとしている。彼らの後ろには、箱の中に入っているであろう品物が展示されていた。
新一は口元まで巻いていたマフラーを下に引っ張った。
「なにって?」
「ぼけたらあかんよ。クリスマスプレゼントのことや」
平次が勢いよくディスプレイを指さす。
「せっかくやから、なんか揃いで買うのもええかなぁ。ふたつでひとつゆう感じのもんとか」
マネキンを見上げて話す平次の横顔は、やけに楽しそうだ。
「部屋に置いておくもんより、身につけるもんの方がええな。あ、腕時計なんてどうやろ。けど、ええもんは値が張るさかい、予算的にきついかもしれへんし」
真剣にプレゼントを検討している平次から目をそらし、新一はマフラーをまた引き上げた。
自分とのことで嬉しそうな表情を浮かべているのを見ていると、どうしようもなく顔が火照ってくる。
「マフラーとか手袋やと、冬場だけやもんな。なぁ、工藤。ほんまなにがええ?」
呼ばれて振り返ると、平次が笑顔で新一のことを見ていた。
まぶしいぐらいの笑みに、新一は思わずうろたえた。
「え、あぁ、別になんでも」
とっさの答えは下げ忘れたマフラーのせいで、くぐもってしまった。
「なんでも、ってそれはないやろ。なぁ、欲しいもんないん?」
笑顔をつまらなそうに曇らせて、平次がさらに聞いてくる。
「突然言われても思いつかねぇよ」
「そうやな。そんなら、宿題ゆうことにしとこか。ペアを前提に考えといてや」
「おい、ペアって!」
マフラーを引き下ろして叫びかけた新一は、慌てて辺りを見回して声をひそめた。通行人の多いところで、声高に話す内容ではない。
「俺とペアにしてどうするんだよ」
本心を言えば、嬉しい。
たわいもないことだが、同じものを持っているということでふたりの間に繋がりが出来るような気がする。
「ええやん。工藤とお揃い。俺は嬉しいで」
裏のない表情で笑いかけられて、新一は言葉を失った。顔に血が上るのをはっきりと自覚する。
赤くなった新一を見て、平次の目がさらに嬉しげに細くなった。
「な、そないしよ」
絶句したままの新一の背を平次が抱くようにして歩き出す。
平次から離れるように足を速めると、新一は熱い頬を隠すようにまたマフラーを引き上げた。
ここ最近の平次の行動が、新一には理解出来ない。
正確に言えば、「勝手にさせてもらう」という宣言をしてからの平次の言動が、だ。
まず、一緒にいる時間が増えた。前々から多かったのに、今では眠る時間と講義中以外は平次が隣にいるような気がする。
大学の帰りに平次の部屋に寄り、コンビニ弁当をつつきながら海外の推理ドラマのビデオを見たり。帰る途中に食材を買い込んで、新一の家で夕食を作ったり。電話もメールも以前より数が増えている。
そのことを新一が指摘したとき、平次は笑って答えた。
「工藤を独り占めしとこうと思うて」
笑顔のくせに目だけ笑っていない表情は、やはり最近になってよく見るようになったものだった。
その目の中に見つけられるようになった熱に、新一はいつも息苦しさを覚える。
求められているような気がする。
欲しいと言われているような気がする。
勘違いなら、残酷だ。
だがそれでも、心のどこかで期待してしまう。
もしかすると彼も、自分と同じ想いを抱いているのではないかと。
「工藤! そっちちゃうで」
後ろからの声に、新一は我に返った。
振り返ると平次が先ほど通り過ぎた道の脇に立って、新一を手招いている。
「高木さんのよう行くラーメン屋は、この道行った方が近いねん」
「そっか」
少し戻って新一は平次の横に並んで歩き出した。
平次が新一の顔を覗き込む。
「なぁ、そない俺とお揃いのもん持つの嫌なん?」
眉尻を下げた情けない表情に、新一は苦笑した。
「誰もそんなこと言ってねぇだろ」
その一言で平次の顔が輝く。
一気にまぶしくなった顔から、新一はさりげなく目をそらした。
「ただ、ほら、せっかく彼女がいないことがばれてないんだから、その辺迂闊じゃねぇか。見つかったら、嘘がばれるかもしれないし」
普通の友人関係なら、おそらくわざわざペアの物など買わないだろう。女子高生ぐらいならまだしも、大学生の男同士で。
「それになんか、変な風に勘ぐられたりするかもしれねぇだろ」
新一は鎌を掛けた。
もし、勘ぐられたくないのなら、否定するはずだ。やめた方がいいか、と言い出すかも知れない。
「かまへん、かまへん」
なのに、平次は明るく手を振った。
「ばれて、実は工藤が彼女やったんかって言われても、俺としてはぜんぜんかまへんのやけど」
鎌に気がついたのかどうか、彼は新一の予想を超えた返事をした。
「少しはかまえよ」
きわどい内容に動揺しながらも、新一は平静を装って突っ込んだ。
「まぁ、いないことを知っていて黙っている俺は、とっくにおまえの共犯だけどな」
「共犯。それもええかもしれへんけど」
横目でちらりと平次を見ると、彼は新一を見つめていた。
平次の瞳には熱がある。
新一を落ち着かなくさせる熱が。
新一は密かに息を飲んで、視線を前に戻した。
見つめ返してはいけない。
見つめ返すと、吸い込まれるような気がする。
気づかぬ振りをしながらも、新一の意識は平次に吸い寄せられた。
周りの音が遠くなる。
代わりに、心臓の音が耳の奥で大きく響いた。
「工藤」
呼びかけられて、新一はびくりと肩を揺らした。
「なんだよ」
視線を前に固定したまま答える。
「勘ぐられるん、いやなん?」
「……俺は静かな大学生活を送りたいだけだ」
一瞬言葉に詰まりながらも、新一は答えをはぐらかした。
「静か、なぁ」
「そう。平穏無事な生活。波乱があるのは事件現場だけでいい」
少なくとも学生生活は表面的には平穏だ。
精神的には隣を歩く男のおかげで大荒れだが。
「わからんでもないけど」
新一を圧倒していた平次の気配が散じた。こっそりと窺うと、彼は柔らかく苦笑している。新一は心の緊張を解いた。
「なら、わざわざ周りを騒がしくするようなまねはしたくないって言うのもわかるだろ」
「そんなら、勘ぐられんようなもんをお揃いにしよ」
平次は諦めたわけではなかったようだ。
「あのな……」
「せやかて、お揃いの話自体は拒否せんかったやろ? ちゅうことは、OKってことやんか」
前向きで少し強引。
実に彼らしくて笑える。
この際、流されてみるのも良いかと新一は思った。
自分からはとてもペアの物を買おうなどとは言い出せないのだから。
「わかった。わかったよ。なんか考えておく」
「一緒に買いに行こな」
新一の顔を覗き込んで、平次が満面の笑みを見せる。その眩しさに新一は一瞬目がくらんだ。
***
頼んだチャーシュー麺が出てきた。それとほぼ同時に、店の扉が開いて新しい客が入ってきた。ラーメン屋の主人が扉を振り返り、「いらっしゃい!」と威勢よく声を掛ける。高木がつられてそちらを見ると、よく見知った顔がのれんをくぐって入ってくるところだった。
「あ、工藤君に服部君」
「あれ。高木さんも来てたんか」
思わず上げた声に反応したのは平次の方だった。彼の後ろから新一が顔を覗かせ、目を見張っている。
「本当に行きつけなんですね」
ぐるぐる巻いたマフラーを解きながら、新一がにっこりと笑う。その顔がなぜか赤い。
彼らはふたりとも上着を脱ぐと、カウンターに座っていた高木の隣に腰掛けた。高木の隣には平次が。その隣に新一が座る。
「寒かったんだね。工藤君、顔赤くなっているよ」
平次越しに新一の顔を覗いて高木が言うと、彼は珍しく焦ったような表情を見せた。
「ほんまや。さっきは暗くて気づかんかったけど。もしかして、寒いからやのうて……」
言いかけた平次を、新一が憮然と遮った。
「寒いからだよ。おめえみたいな色黒男には縁のない現象だろけどな」
「えらいいいようやな。俺かて顔色ぐらい変わるわ」
しかし、言い返す平次が笑っているので、新一がますます憮然とした表情になった。
「で、ふたりはなにを食べるんだい?」
カウンターの向こう側では主人がオーダーを待っている。
壁に貼られたメニューに目を走らせた新一を平次がつつく。
「チャーシュー麺にせぇへん? 高木さんのお薦めやで」
新一が高木の顔とどんぶりを見て、平次に頷いた。
「おっちゃん。チャーシュー麺と焼きめし二人前な」
鍋を振っていた主人が「あいよ」と返事をする。
「おい、勝手に焼きめしまで頼むな。食いきれなかったらどうするんだよ」
主人に聞こえないようにかささやく新一に、やはり平次がささやき返している。
「食えるって。無理やったら、俺が工藤の分まで食うてもええで」
「太るぞ」
「やかまし」
高木はこそこそと言い合う彼らを微笑ましく思いながら、自分の夕飯を食べ始めた。
工藤君、元気そうじゃないか。
この間まで、新一の様子が少しおかしかった。新一当人に原因を聞けなかった高木は、この店に連れ込んで一緒に食事をした平次にいろいろと尋ねたのだ。高木には教えてくれなかったものの、平次にはある程度原因の想像がついていたようだったので、彼が新一の悩みを解決したのかも知れない。
平次が笑わなくなったと心配していた新一も、今日は屈託のない表情で彼と話している。時折浮かぶ笑みも無理のないものだ。
「工藤君、元気になったね」
声を掛けると、新一がいぶかしげに首を傾げた。
「僕は別に体調崩したりしてませんよ。この間の雨に降られて風邪引いて寝込んだのは、こいつです」
新一が平次を指さす。
「ああ、そうじゃなくて」
「高木さんは、工藤の恋わずらいの話をしとるんや」
平次が高木の言葉を遮るように言った。心なしか声が低い。
「え?」
声を上げた新一の顔にかすかに血が上る。
「ああ、やっぱりそうだったんだ。そうじゃないかなって思っていたんだけど。元気になったってことは、成就したの?」
「まだやって」
完全に赤くなって高木の言葉を止めようとしていた新一よりも先に、平次がきっぱりと答えた。
「あ、いや。まだっていうか……。だいたい、別に恋わずらいなんてしてないですって。ただちょっと、悩んでいたっていうか、なんていうか」
しどろもどろになって弁解する新一に、高木は笑った。普段の彼からは想像出来ない慌てぶりだ。
「必死になって否定しとるとこが、あやしいと思わん? 高木さん」
高木に同意を求めてくる平次の後頭部を新一の拳が見舞った。
頭を抱えている平次を押しのけて、新一が身を乗り出す。
「こいつのいうことは、信用しないでください」
しかし、焦っている新一よりも、平次の言葉の方が信用出来そうだ。
「まぁ、工藤君もお年頃なわけだし。別に否定しなくても」
「だから」
新一が声を上げたのと、誰かの携帯に着信が入ったのは、ほぼ同時だった。
「あ、俺や」
椅子の背に掛けていたダウンジャケットから平次が鳴っている携帯電話を取り出す。それに出ながら、彼はわざわざ店の外に出ていった。
「しばた?」
平次が電話相手に呼びかけていた名前がそれだった。
「ああ、大学の友人です」
動揺を収めるためにか、新一が水をあおるように飲む。その頬はまだ赤かった。
「で、本当に恋わずらいじゃなかったの?」
水で新一がむせる。
苦しそうに咳き込む背中をさすってやりながら、高木は謝った。
「ああ、ごめん」
「……高木さん」
恨みがましい目で新一が高木を睨む。
「確かに悩み事があったんです。けど、半分は片づきました」
「やっぱり恋の悩みだったの?」
新一が目を伏せて苦笑した。
肯定しているように高木には見えた。
「あいつがやけにこだわっているだけです」
「応援してくれているんじゃないのかな」
ますます新一の苦笑が深まった。
「引っかき回されているような気がします。なにを考えているんだか、さっぱりわからなくて」
こんなことは初めてだ、と新一が呟く。
「もしかすると、工藤君をその子に取られるような気がして、ちょっといじわるになっているだけじゃないのかな」
「でしょうかね」
新一がため息をついた。
片想いの話をしていたためか、彼がやけに色っぽく見えて、高木は目の前のラーメンに集中することにした。
新一が頬杖をつく。
「わけわかんねぇ」
ぽつりと呟いた言葉が平次を指していることは明白だ。
恋に悩んでいるというより、平次の行動に悩んでいるように高木には思えた。
電話を終えた平次が戻ってきた。
椅子に腰掛けるなり、大きくため息をつく。
「明日、コンパに出てくるわ。ごめんな。工藤」
「なんで謝るんだ? 好きなように行って来いよ。まさか、俺まで出席するって答えたんじゃないだろうな」
新一が冷ややかに返すと、平次が顔の前で手を振る。
「ちゃうちゃう。工藤に来た話は断った。俺が出る羽目になったんは、風邪で休んでいた分のノートを写させてもらった借りを返すためや」
「なら謝る必要ねぇだろ」
「工藤が寂しがるんちゃうかなぁて」
「いってろ」
新一が平次をあっさりと切り捨てる。
高木が思わず吹き出すと、平次が振り返った。
「高木さん、笑うとこちゃいますよ」
「いや、だって、仲良いなぁって思って」
平次は新一のことを気に掛け、元気づけようといろいろやっていたようだし。新一は新一で、やはり平次のことを考えてため息をついている。
なのに、顔を合わせるとそんなことおくびにも出さずに、相手に接している。自分の相手に対する想いを覚られるのが恥ずかしいのだろうか。
事件現場に出れば高木たちが気後れするほどの名探偵ぶりを発揮する彼らが、こうやって互いのことで悩んでいるのは微笑ましい。
「青春だね」
「知ってますか、高木さん」
新一がいたずらっぽく目を輝かせる。
「照れずに青春なんて言葉を言えるようになったら、もう青春時代が過ぎた証だそうですよ」
「高木さんもええ年になったゆうことや」
慰め顔で平次が高木の肩を叩く。
ふたりがかりでからかわれた高木を救ったのは、ようやく出てきたチャーシュー麺だった。
***
「容疑者が自供を始めたそうだよ」
休憩所で紙コップのコーヒーを飲んでいた新一に、高木は声を掛けた。
廊下の一角にある自販機の並んだ殺風景なベンチに、彼は腰を下ろしていた。
その事件の通報が入ったのは、今日の昼過ぎ。古い雑居ビルの地下二階の飲食店で起きた殺人事件だった。
カウンターしかない小さなバーのママが殺され、店の奥の隠し金庫から売上金がなくなっていたのだ。他にも物色された形跡があり、強盗殺人として捜査が開始された。
犯人が店内を物色中に被害者と鉢合わせして犯行に及んだのではないかと見られていたのだが、被害者に抵抗した形跡がないことや、隠し金庫のこじ開けたような形跡が不自然であることを新一が指摘し、範囲を被害者の知り合いに絞って捜査が行われた。
その結果、半日も経たないうちに容疑者の身柄が確保出来たというわけだ。
「お疲れさまでした」
新一が笑う。
「工藤君のおかげで解決が早かったよ。ありがとう」
「じゃ、そろそろ帰ろうかな」
新一が壁の時計を見上げる。
八時過ぎを指している針を見て、高木は急に空腹を覚えた。夕飯はまだだ。
立ち上がりかける新一を高木はとどめた。
「あ、さっき服部君から電話があったんだよ」
夕方新一に掛けたら留守電になったと彼はぼやいていた。
その時間帯はおそらくビルの地下にいて、電波が届かなかったのではないかと高木は思う。
「もうバイクでこっちへ向かっているそうだから、そろそろ着くんじゃないかな。入れ違いになると大変だから、もう少しここで待っていた方がいいと思うよ」
「来るんですか、服部のやつ。コンパはもう終わったのか」
首を傾げている新一を見て、高木も平次が捜査に参加しなかった理由を思い出した。
「まさかと思うんだけど」
高木は念のため声をひそめた。
「バイク、飲酒運転ってことはないよね?」
新一が口元に手を当てて声を殺して笑っている。
「そこまでぼけてはいないでしょう。ここに来るってことは、飲んでいないんですよ。いくらあいつが強心臓でも、酒のにおいをさせては来られませんって」
「それもそうだね」
ふたりで笑っていると、高木の腹が空腹を訴えて鳴った。
「あ」
「夕飯まだでしたね」
「近くのコンビニで弁当でも買って来ようと思うんだけど、工藤君は何か食べるかい?」
「僕はいいです」
ありがとうございます、といって彼は高木の申し出を断った。
コンビニから戻って来た高木は、正面玄関で平次と鉢合わせした。
「高木さん、工藤は?」
彼がまず尋ねたのが新一のことだったので、高木は思わず笑った。
「なかで服部君を待っているよ。工藤君のおかげで、事件も早期解決したし。それで、コンパはどうだったの?」
ふたり並んで新一の待つ休憩所に向かう。
「まぁまぁでしたわ」
「なにがだい? 料理が? 酒が? それとも女の子が?」
意地悪く突っ込んで聞いてみると、平次が苦笑いを浮かべる。
「高木さん。今日は酒を飲んどりませんって。交通課で調べてもろてもええですよ」
冗談だよと、高木は手を振った。
「それにしても終わるの早かったんじゃない?」
いまどきの大学生のコンパなら、もっと遅くまで騒いでいそうな気がするのだが。
「事件やゆうて途中で抜けて来たんですわ」
こともなげに言って平次がにやりと笑う。
「工藤に連絡くれるように留守電に入れておいたんやけど、ぜんぜんかかってけぇへんから、気になって周りが騒いでる最中に高木さんに電話したんですわ」
電話をしてきた平次の後ろで賑やかな声がしていたのを、高木は覚えている。
「確かに事件だったけど、あの時には終わっていたじゃないか」
「ま、嘘はついとらんとゆうことで」
悪気のなさそうな平次に、高木はあきれてため息をついた。
休憩所が見えてきた。
新一はどこかに電話をしているらしく、携帯を耳に当てていた。空いた手で紙コップをもてあそんでいる。まだ近づく高木たちには気がついていないようだ。
ふいに、新一が笑った。
破顔したのではなく、ほんのわずかに微笑んだだけ。
だが、その笑みのなかに愛おしさがあふれるようにあった。
苦みも含んだ微笑に高木は胸を突かれた。
やっぱり彼は恋をしている。
そう高木は思った。
高木の横を平次がすり抜けた。足早に新一の元に歩いていく彼の背中を、先ほどまではなかった苛立ちが覆っている。
平次の纏う不穏な気配に、高木は慌てて彼の後を追った。