露ならぬ おまけ2
平次は巫女から渡された神籤を見て、ガッツポーズをした。 「なにしてるんだよ」 あきれたような声が後ろからかかって、平次は笑みを浮かべたまま振り返った。 「せやかて、大吉やったんやもん」 新一に神籤を見せる。 俺も、と彼は自分の神籤を見せてくれた。 「なんや幸先ええなぁ」 平次は恋人に向かって上機嫌に笑いかけた。 元旦の神社は初詣客で混雑を極めていた。 最寄り駅には警備員が立ち、客の交通整理をしていたのだ。駅からすでに行列が出来ていて、鳥居をくぐるまで一時間近くかかった。そこからさらに拝殿に着くまで延々並び続けた。 それでも平次は楽しかった。やっと恋人になれた新一との初詣。どんな状況にあろうとも幸せなのだ。北風の吹くなか何時間並ばされても、人前を理由に手をつなぐことすら許されなくても、隣に新一がいて恋人の顔で笑っていてくれれば、それだけでいい。 事実ではなかったふたりの恋仲の噂を流して、女避けを始めたのは夏。同時に同居を始めたのだが、冬になるまで平次は噂を本物にすることが出来なかった。つい一ヶ月ほど前、ようやく高校の頃からの想いが成就したのだ。 「恋愛、積極的にせよ。やて」 神籤を買う人たちの列を離れながら、平次は読み上げた。 「こら神さんからも応援してもろた、と思うてもええんかな」 「そう思いたければ、いいんじゃねぇの」 返ってきた言葉はそっけなかったが、横顔が優しげで平次は心の中で笑んだ。口が素直ではないのは昔からだ。 「せやな。そないしょ」 神籤売り場の近くの杭に渡された綱には、もう綱が見えないほど神籤が結ばれていた。そばの木に結んであるものもある。平次は少ない隙間に新一と並んで神籤を結んだ。これで自分の恋を応援してくれた神様と縁を結んだことになる。 「おっしゃ、あとは甘酒飲んで帰ろか」 「そうだな。まだ開始まで時間があるし」 腕時計で時間を確認していた新一が顔を上げて笑う。その目が平次からそれて驚きに見張られた。 「おい、服部」 指さされて振り返った先には、友人たちが寒そうに背中を丸めて立っていた。 「おまえらも来とったんか」 「あのな、服部。俺たちがこの神社の初詣に誘ったら、ふたりで行くからって、断ったのはおまえだろうが。その俺たちがここに来ているのを不思議がるなよ」 後藤が両手をダウンのポケットに突っ込んだまま、平次のすねを蹴ってくる。 「それにしてもこの人出でよく会えたな」 新一が蹴られている平次を無視して、近づいてきた藤原に言う。 昼近くになっても、初詣客は減るどころか増えてきている。きっと迷子や一緒に来た仲間とはぐれている人もいるだろう。あちこちで携帯電話を片手に辺りを見回している人がいる。 「邪魔をしようって訳じゃないから」 言い訳めく藤原に新一が笑っている。 「そんなことしたら、俺たちは服部に蹴られる。人の恋路を邪魔するなゆうてるやろって」 遠藤が平次の関西弁の言い回しをまねる。 「似非関西弁使うなや。イントネーション違うて気味悪いわ」 後藤と蹴り合いながら平次は遠藤に突っ込んだ。 「それで工藤たちはこのあとどっか行くの」 藤原が口元まで巻いたマフラーを引き下げて聞いてきた。 邪魔する気はないから、と彼はまた付け加える。 「甘酒飲んで、家でサッカーを見る予定」 新一が素直に答えるのを聞いて、平次はしまったと思った。 「天皇杯か?!」 遠藤が大きな声を上げる。 「俺もチケット取れなくて、テレビ観戦なんだ。そういえば工藤ってサッカーもやっていたんだよな。ポジション、どこ?」 「ミッドフィルダー。遠藤もやってたのか?」 新一の声が跳ね上がる。 「やってた。弱小チームだったけど、一応高校三年間スタメンのディフェンダーだったんだ」 遠藤のサッカー好きを平次は新一に教えていなかった。別にわざとではなかったのだが、これが裏目に出たようだ。 平次はやれやれとため息をついた。 それを見て後藤が笑う。 「おまえは野球専門だから、ついていけないだろ」 「そうやねん。別にサッカー嫌いゆうわけちゃうけど、こればっかりは興味の問題やからな」 楽しそうに遠藤と語らう新一を見て、平次は午後の甘い時間をあきらめた。もともとサッカーに新一を奪われるのはわかっていたのだ。それに、彼の夜は自分のものだ。ほんの数時間をケチることもない。この先いくらでもふたりの楽しい時間を積み重ねていける。自分は彼から離れる気などないのだから。 「なぁ、服部」 いつになく明るい声をあげて新一が平次を振り返る。 「わかっとるって。工藤がええなら五人でサッカー見ようや」 新一が滅多に見せてくれない満面の笑みを浮かべる。 「じゃ、三人ともこのあと予定がないなら、一緒に家でサッカー見ようぜ」 「テレビ画面めっちゃでかいで。迫力あるさかい、同じ見るなら来たらええ」 遠藤が目をきらきらさせて「いいのか?」と叫ぶ。 後藤と藤原はとまどったように目を見交わしている。 「邪魔じゃねぇの?」 藤原が聞いてくる。 「大丈夫やって。どうせサッカー見とるときには、工藤は俺の相手なんぞしてくれへんねん」 すねた平次の口振りに新一が平次の足を蹴る。 「おまえだって野球見ているときはひとりで騒いでいるだろ。お互い様だ」 それを見て後藤が声を上げて笑う。 「じゃ、お邪魔させてもらおうぜ」 遠藤と藤原もよろしくと笑う。 「そんなら、まず甘酒や。甘酒」 平次は遠くに見えている甘酒の旗を指さした。集まっている人たちの間から、温かそうな湯気も見える。 歩き出しながら、新一が藤三人組を振り返って言う。 「途中で昼飯を食って、それから俺たちの家に行こうぜ」 俺たちの家。 何気なく新一が使った言葉に、平次は彼の肩を抱き寄せたい衝動を抑え込むのに苦労した。 ストレートに感情を表現してくれない新一が時折見せてくれる想いの欠片が、平次を舞い上がらせる。本人が自覚せずにこぼす言葉や仕草や表情が、かえって素直に彼の想いを表しているように思うのだ。 人混みを言い訳にいつもよりもずっと新一のそばを歩く。 さりげなく腰に手を回せるぐらいの距離に近づいた。 「悪いな」 ささやく新一に平次は首を振った。 「ええねん。夜には追い返せばええだけやから」 新一が目だけで笑い、後ろを振り返った。 「三人はお神籤引いたのか?」 「中吉」「小吉」「吉」 後藤、藤原、遠藤が並んで答える。 「なんや三人とも中途半端やなぁ。俺らはふたりとも大吉やで」 振り返ってVサインを出した平次は、三人から同時に蹴飛ばされた。大げさに痛がって新一にすがりつく。間髪入れずに今度は新一の足が飛んできた。 「ぽんぽん蹴るなや。俺はボールちゃうで」 平次の抗議に恋人と友人たちの明るい笑顔が返ってくる。 今年も楽しい年になりそうだった。
元になった和歌。おまけ仕様なので、題には使いませんでした。
大直毘(おほなほび)のうた
新しき年の始めに かくしこそ 千歳をかねてたのしきをつめ
古今和歌集 巻第二十 大歌所御歌 1069 よみ人しらず
新しい年の初めにあたって、御竈木(みかまぎ)を積むように、千年の先までを祝福して楽しきことを積みあげよう。
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