恋ひ死ねとするわざならし むばたまの

よるはすがらに夢にみえつつ

 


 目が覚めて、平次はため息をついた。
 カーテンの隙間から見える外はもう明るくなっている。夏至まであとひと月ほど。夜明けは早い。
 目覚まし時計にセットした時間までまだあるが、平次は起きあがった。二度寝しようとしたところで、眠れないだろう。もし眠れたとしても、同じような夢を見るだけだ。

 平次は春先から毎夜、夢を見るようになった。
 同じ夢ではない。
 毎回違う夢だ。
 事件を追う夢であったり、友人と遊んでいる夢であったり、恋人と語らう夢であったりと、バリエーションは様々だ。
 ただひとつ、登場人物だけが変わらない。
 レギュラーはただひとり、工藤新一。
 自分のライバルであり、親友であり、相棒でもある新一だ。
 彼が現実と変わらず相棒や親友として、なぜだか知らないが恋人として登場してくるのだ。
 お互い高校三年生。受験を控えて、会える機会は少ない。だから、夢で会えるのすら、はじめの頃はうれしかった。
 だが、ここまで続くと恐ろしくなってくる。
 夜ごと夢に見てしまうほど、自分は彼に執着しているのかと。

 確かに子供の姿になってしまっていた新一のために、できる限り力を貸した。上京も頻繁にし、毎日のように電話やメールで連絡を取り合った。彼を狙っていた組織の壊滅にともなって、新一が元の姿を取り戻した春先まで、自分の世界の中心に彼はいたかもしれない。
 だからといって、夢に見続けるのはおかしい。
 だいたい夢を見始めたのは、新一の復活したあとなのだ。
 お互い自分の生活を取り戻し始めた頃から見始めた夢。
 執着が生んでいるとは思えなかったし、思いたくもなかった。

 考えた平次は、ちょっとした実験をしてみた。
 連休にかこつけて彼の誕生日に会いに行ったのだ。顔を見れば、夢見ることもないと思ったのだ。
 確かに平次の考え通り、工藤邸に泊まったその日は、新一の夢を見なかった。
 だが、大阪に帰ってみれば、また彼の夢ばかり。
 思いあまって昨夜、平次は新一に電話をした。


「つかぬ事を聞きたいんやけど」
『なんだよ。妙に改まって』
 定例のようになっている電話でそう切り出した平次に、新一が警戒したような声を出した。
「他人の夢をいじる方法なんてあるやろか」
 しばらく無言だった新一が、無理じゃないかと一言答えた。
『そういえば、クリスティの短編にそんなのがあったな。夢に関する事件でもあったのか?』
 新一が尋ねてくる。
 平次が否定すると、彼はつっこんできた。
『じゃなんだ? なにかあったから、そんなこと聞いてきたんだろ?』
 さすがに「工藤の夢ばっかり見る」とは答えられず、平次はうまく誤魔化して新一に夢の話をした。

『同じひとの夢ばかりか?』
「そうやねん。ここ数ヶ月。毎晩や。おかげでいくら寝ても、熟睡した感じがせぇへんのや」
 悩んだあげく平次は、催眠術やら幻覚剤、果てはオカルトチックなことまで考えてしまったのだと伝えた。
『確かに話だけ聞くとオカルトだな。でもふつうに考えると、おまえがそのひとのことを好きなだけじゃないか』
「はあ?!」
 平次は声を上げて携帯電話を取り落とした。
 あんまりな言葉を聞いた気がする。
 気を取り直して、携帯電話を耳に当てた。

『おーい、服部? どうした?』
 新一がのんびりと呼びかけている。
「……おまえや」
『なにがだ?』
 平次は大きくため息をついて、肩を落とし告げた。
「せやからな。夢に出てくるやつゆうのは、おまえやねん」
『俺?』
 新一が絶句した。
 電話の向こう側の空気が凍りついているのがわかる。

「素直に考えると、工藤のゆうとおりなんやけどな。けど、それは、やっぱり、なぁ……。せやから工藤、おまえ俺になんかけったいなこと、しとるんちゃうやろな」
『するか!』
 突っ込みは速攻できた。
『ば、馬鹿なこと言っているじゃねぇよ。オカルトにも催眠術にも興味はねぇし。知っていたとしても、なんで俺がおまえにそんなことする必要があるんだよ。おまえを睡眠不足にして、いったい俺になんの得があるって言うんだ。ふざけんなよ』
 珍しく早口でまくし立ててくる新一に、平次は口を挟む隙を見つけられなかった。
『あんまりぼけたことを言っていると、夢を見ないですむように、永眠させるぞ』

 それからしばらく新一の文句は続き、平次は彼をなだめるのに苦労した。


 枕元の携帯電話を見やって、平次はまたため息をついた。
 夢の中で新一は、やはり笑っていた。
『おまえが好きだ』
 そういって笑っていた。
 笑顔も抱きしめた感触も、すべてを平次は覚えている。
 夢の中で、間違いなく自分はとても幸せだった。

 そのこと自体がおかしいと現実に戻って思う。
 新一といるのは楽しい。
 他の誰といるよりも楽しい。
 それだけは譲れない事実だ。
 だからといって、なぜ恋人として彼は出てくるのか。
 夢だからとそれを百歩譲ったとしても、起きた後まではっきり覚えている満ち足りた気分はなんなのか。
 
 確かに新一の言うとおり、素直に考えれば、夢を見続けるのは平次の願望のせいなのだろう。
「俺は、工藤を」
 言いかけて、平次は止めた。
 言葉にしてしまったらいけないような気がした。
 ――好きなんやろか。
 考えただけで、心があやしく騒ぐ。
「あほなこと考えてしもたわ」
 声にして否定しても、心は凪いでくれない。

 落ち着かない気持ちをもてあましながら、平次は身支度を整えた。
「しゃきっとせな!」
 気合いを入れて自分を励ます。
 ――まだ夢の続きかもしれへん。
 冷たい水で目を覚まそうと、平次は顔を洗いに部屋を出た。


 

恋ひ死ねとするわざならし むばたまのよるはすがらに夢にみえつつ

古今和歌集 巻第十一 恋歌一 526 よみ人しらず

実際には会えないのに、夜通し夢に見るのは、私に恋死にしろということらしい。

おまけ  

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