おまけ

 

 



 新一は目を覚ました。
 目を開けて、思い切りため息をつく。
 遮光カーテン越しに五月の朝日が差し込んで、部屋はうっすらと明るい。鳥の声も聞こえてくる。

 久々の予定のない休日の朝だ。
 だが。
「なんだっていうんだ、まったく」
 新一は寝癖のついた髪をかきむしった。
 眉間にしわを刻んだまま、枕元の時計を振り返る。
 午前五時半。

 休日の朝寝を楽しもうと考えていたのが、無になった。
 二度寝をする気にもなれないし、おそらく眠れない。
 どうしようもない苛立ちを、新一は時計の隣に置いてあった携帯電話にぶつけた。
「おまえのせいだ、服部」
 つかみ上げた携帯電話を平次に見立ててにらむ。

「おまえがあんなことを言うからだぞ」
 抗議はもちろん返らない。
 じっとりとねめつけて、新一はぽいと携帯電話をベッドの上に放り投げた。大きく伸びをして、息を吐き出す。それがため息だったのは、目覚めた理由のせいだった。

 夢を見た。
 平次の出てくる夢だった。
 それだけなら、時折見る。
 だが今回、彼は親友や相棒としてではなく、恋人として新一の隣にいた。

 明るい笑顔がいつも以上に輝いて見えたり。
 抱きついてくる腕が温かだったり。
 かけられる言葉がいつになく優しかったり。
 そして新一は夢の中、彼に笑顔で応えていた。
 男と恋人という設定で、なおかつ幸せな夢。
 突っ込みどころ満載のおかしな夢なのに、余韻はやっぱり幸せ。
 それが新一の調子を狂わせる。

 そんな夢を見た原因はわかっている。
 昨夜平次からかかってきた電話のせいだ。
 同じ人物の夢ばかり見ると、疲れた声で相談してきた彼に新一は「好きだから夢に見るんだろう」と返した。
 まさか、その人物が自分だとは思わなかったからだ。
 返答を聞いて絶句していた彼と、その登場人物を知って絶句した自分と、ふたり揃って間抜けな図だったのではないかと思う。

 とりあえず、自分の答えが恥ずかしくて、新一は平次に口を挟む隙を与えないほど文句を付けた。途中何を言ったか覚えていないほどの勢いでだ。今になって思えば、何もそこまでムキになる必要はなかったかもしれない。
 新一はベッドの上に上半身を起こして、放り出した携帯電話を時計の横の定位置に戻した。
 寝る前に興奮しすぎたのがいけなかったのだ。きっと。
 だからあんな夢を見た。
 そして、幸せだったことに動揺しているのだ。

「まったく」
 新一はベッドを滑り出て、カーテンを引き開けた。窓も大きく開け放つ。
 庭の若葉が朝日に映え、萌え立つ緑の香が風に乗って届いてきそうだ。鳥の声もいっそうにぎやかに聞こえてくる。
 新一は目を細めて薫風を味わった。

 さわやかで心地よい朝。
 たかが夢で悩んでいるのがばからしくなる。
 早朝のまだ少し冷たい空気を新一は胸一杯吸い込んだ。
 もやもやとしていた頭がすっきりとする。
 景色もまた一段と明るくなる。

 ──ま、いっか。
 悪い夢ではなかった。
 平次が恋人というのは行き過ぎだろうが、幸せな夢だったのだから良い夢なのだ。
 新一は口元に苦笑を浮かべた。
 それにしても平次という男は、どこまでも自分を驚かしてくれる。
 現れるときはたいがいいつも突然で、推理以外の行動は読み切れない。
 良い意味でも、悪い意味でも、意外性のあるおもしろい存在だ。
 一緒にいて楽しくて、また緊張感も味わえる相手。
 この先平次のような存在は現れないだろう。
 だから夢の中ぐらい、恋人で出てきたって良いではないか。
 特別が、ちょっと夢で変質しただけだ。
 きっとそうに違いない。

 今日見た夢をいつか平次に話して、昨日のお返しに驚かしてやるのもおもしろい。
 いったいどんな反応が返ってくるだろう。
 きっと自分の想像の範疇を大きく越えた反応に違いない。
 それが平次だ。

 新一は笑って、もう一度大きく伸びをした。
 そよ風が新一の頬をくすぐるように撫でていく。
 気持ちの良い一日が始まろうとしていた。


 

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