身から出たサビ? -前-



 服部平次は幼なじみ遠山和葉を伴って大阪から上京した。
 脳みそが溶けるような暑い日のことであった。

 高校三年生の夏休み。
 いわゆる、追い込みの夏、である。
 受験勉強を放ったらかして遊びに出かける平次や和葉も問題なら、出迎える彼らの親友たちも問題であった。
 工藤新一、毛利蘭も受験生だったからである。

「ひさしぶり!」
 蘭が改札から出てくる大阪の二人組に手を振った。
 背中にたらした黒髪が暑苦しく見えないのは、ひとえに細身のシルエットのせい。一見華奢だが、その実、空手の都大会優勝者でもある。
「蘭ちゃん!」
 和葉が大きく手を振り返す。
 トレードマークのポニーテールがそれにあわせて揺れる。
 軽い足取りで駆け寄ってくる彼女もまた、合気道の有段者。
 かわいい見た目に騙されるとあとでひどい目に遭うという、典型の女性陣であった。

 一方、男性陣は。
「ひっさしぶりやなぁ。工藤」
 和葉の後ろから大股で近づいてくる、平次。
 色浅黒く、野性味のある顔立ち。剣道をたしなむその体躯は、無駄なところがない理想的なものだ。
 黙っていれば二枚目だが、悲しいかな大阪人の習性がぼけを連発させるため、話し出すと三枚目になってしまう。
「ぜんぜん日焼けしとらんなぁ。部屋にこもっとったら、健康にようないで」
「俺は焼けにくいんだよ!」
 つっこみ担当は、新一。
 しばしば口より先に足が出るが、それはサッカーをやっていた名残である。
 平次とは対照的に色白で冷たく見えるほど整った顔立ち。
 彼もまた黙っていれば二枚目だが、口を開くと罵詈雑言が飛び出してくる。ただし、それ知っているのは限られた人間だけだ。なぜなら、新一が切れるようなことを言うのは平次だけだからである。
 なので、新一の場合、二枚目以外に見られたことはない。
 一時期、彼は小学生の姿になっていたことがあるのだが、そのことを知っているのは、平次を含めごくわずかな人間だけである。
「おめぇはどんどん黒くなるな。すでに東南アジア系の黒さだぞ。夏が終わる頃には裏表がわからなくなっているんじゃないだろうな」
「俺は海苔かい!」
「食えるだけ、海苔の方がましだな」
 軽いジャブの応酬。
 いつものことなので、幼なじみ達は相手にしない。

 工藤新一。服部平次。
 この二人は警察関係者なら知らぬ者のない高校生探偵であった。
 扱った事件に迷宮入りはない。
 だが、事件が探偵を呼ぶのか、探偵が事件を呼ぶのか、この二人は事件遭遇率が極めて高い。一人でも尋常ではないのに、二人そろえばほぼ確実に事件が起きる。
 その事件吸引力は、周りにも甚大な被害を与えるので、あまり喜ばれてはいない。

 しかし、今回、事件は彼ら自身に降りかかった。
 容疑者であり、被害者でもある。

 事件はその日、起こった。
 正確に言えば、日付の変わった頃だろうか。
 和葉が蘭の家に泊まり、平次が新一の家に泊まった、その夜のことであった。

 事件発覚は、朝。

 発見したのは、わずかに平次の方が早かった。






 平次は、目を覚ました。
 見慣れぬ部屋にぼんやりとした視線をさまよわせる。
 ──あー、工藤の家に泊まったんやったなぁ。
 寝ぼけて重たい頭でそれだけ思い出す。
 しかし、平次はそこで、あることに気がついた。
 右側が熱いのである。
 なにげに視線をやって、平次はしばし固まった。
 同じベッドの自分の隣。
 そこに横たわっているのは、まぎれもなく親友、工藤新一。
 それだけならまだしも、彼は何も身につけてはいなかった。
 ──くどう?? しかも素っ裸やん! って、俺も? なんでぇ……!?
 自分も裸なのに気がついて、平次はパニックに陥った。
 とりあえず、太平楽に寝ている親友をたたき起こす。
「工藤!! くどうっ!」
「うっせぇなぁ、朝っぱらから騒ぐなよ……」
 不機嫌そうに新一が目を開ける。
 とりあえず何から話していいかわからなくて、酸欠の金魚よろしく口をぱくぱくさせている平次を、新一が胡散臭そうに見て言った。
「話すことがないんなら、もう少し寝かせろ」
「俺ら、なんでか裸なんや!!」
 平次の叫びに、新一の目がぱっちりと開いた。
 平次の顔を見つめていた彼の視線が二人のいるベッドの上に流れる。
 実用的な筋肉のついた平次の裸体と、骨が細く華奢に見える新一の裸体が、セミダブルのベッドの上に並んでいた。
 二人の下半身を覆っているのは、一枚のタオルケット。
 すっかり固まってしまった新一に、平次は声をかけた。
「な?」
 次の瞬間、平次は新一に突き飛ばされて、ベッドの下に転げ落ちた。



 新一はベッドの上に顔だけ出した。
 平次を突き飛ばしたら、作用反作用の法則に則って自分も落ちてしまったのである。
「なんなんだよ、これは! どうして裸なんだ?」
 ちらりと見えている平次の黒髪に向かって怒鳴る。
「俺もしらんわ!」
 平次も顔を上げて怒鳴り返してくる。
「おまえも記憶がないのかよ!」
 新一の頭から、すっぽり昨夜の記憶が抜け落ちている。
 原因は、酒だ。
 平次の持ってきた日本酒。
 新一の父親所蔵の洋酒。
 調子に乗って、いわく付きの中国酒も。
 未成年だが酒に強い二人でも、限界はあったらしい。
「あんだけチャンポンしまくったんは、俺も初めてやしな。途中からぜんぜん覚えとらん」
「そこまで飲むなよ。限度ってものがあるだろうが!」
「それは俺の科白や! 止めるのをきかんかったんは、工藤やで!」
「なんだと!!」
 工藤邸が大きいからいいものの、そうでなければご近所から苦情が来そうである。
 ひとしきり怒鳴りあった後、平次がおそるおそるといった感じで新一に訊いてきた。
「……なぁ、工藤。おまえ、身体なんともない?」
 座り込んだまま下着をつけようとしていた新一は、顔だけ平次の方へ向けた。
「いや、べつに。二日酔いにもなってねぇよ」
「なら、ええんやけど……」
 歯切れが悪い。
「なんだよ、いってみろよ」
 平次が視線をさまよわせ、頬をぽりぽりと掻きながら言った。
「これが女とやったら、まぁ、お決まりの一夜の過ちっちゅうことになるんやけど」
 新一の頬が引きつった。
「俺とおまえの間に何かあったとでも言いたいのか?」
 新一の低音がエアコンよりも空気を冷やす。
「あったんなら、さすがにおまえも初めてやろうし、ケツが痛くなっとるんやないかと……」
 新一は最後まで聞かずに、ベッドに乗り上がって平次の頭を枕で思いっきり殴った。
「なんで俺がされる側なんだよ!」
 羽根枕を握りしめてベッドの上に仁王立ちになっている新一が叫ぶ。もちろん下着一枚でだ。
 論点がずれているのは、頭に血が上っているせいかもしれない。
 羽根枕でもかなりの威力があったのか、やはり下着姿の平次が床に伸びていた。
 うめきながら身体を起こした平次が、新一を見上げて答えた。
「せやかて、俺はなんともないんやで? となったら、消去法でやな……」
 飛んできた枕をかろうじて回避し、平次が新一の攻撃範囲から逃れようとする。
「だからって……!」
 起き抜けの身体に急激な血圧上昇はきつかったらしい。
 新一の呼吸が詰まって言葉が止まった。
 白い面が見る見るうちに真っ赤になる。
「くどう? 頭の血管切れそうな顔しとるで?」
 平次の一言で、新一は切れた。

「おめーのせいだーっ!!」



 部屋のガラス窓がびりびりと震えた。
 大爆発である。
 耳を塞いで頭を低くしていた──罵声に直撃されるとダメージが大きいので──平次は、新一が沈静化したのを確かめてから顔を上げた。
 ベッドの上に座り込んだ新一は、親の敵のように枕を抱き潰している。
 枕にはなりとうないわと、平次は思った。
 いつまでも下着一枚というわけにはいかず、平次は自分の服を探して床を見回した。
 ──あれ?
 それらはちゃんと畳んでベッドの脇に落ちていた。
 疑問に思って扉を見ると、全開になっている。
 ──変やな。
 これでも平次は探偵である。
 『平成のホームズ』と呼ばれる新一──現状ではそう見えないが──が唯一認める好敵手なのである。
 興奮が冷めれば、頭も働くようになる。
「なぁ、工藤」
「んだよ?」
 とげとげしい声が返ってきたが、平次は気にするどころではなかった。
「ちょおおかしいと思わへんか?」
 冷静な平次につられたように、新一の顔にも理性が戻る。
「なにがだ?」
「俺の服な、ちゃんと畳んであんねん。雰囲気盛り上がってベッドになだれ込んだら、こないなことになっとるわけないやん?」
 いくらしつけの厳しい家で育ったとはいえ、平次はベッドインするときにわざわざいつものように服は畳まない。経験上。
「シーツはきれいやし、ティッシュが散乱しとることもない」
「扉も全開……」
 ベッドの上から平次の服を確認した新一が、ぼそっと言った。
「そうなんよ」
 エアコンつけっぱなしで、もったいないことこの上ない。
「普通閉めるよな」
「他にこの家に人がおらんでもな」
 平次に露出狂的な趣味はない。
 新一も同様らしく、うなずいている。
「ということは」
「別になんもなかったちゅうこと、やな」
「酔っぱらって寝てただけか? 二人して」
「なんで裸になっとったんかは、謎やけど」
 二人は顔を見合わせてため息をついた。

 酒は飲んでも飲まれるな。

 昔の人はいいことを云っている。
 とりあえず、二人は今朝のことをなかったことにした。
 あまりにも馬鹿らしかったからである。

 だが、この事件がさらなる大事件の発端だったとは、このときの二人は知るよしもなかった。





 次の日の朝。
 またしても平次の方が先に目覚めた。
 そして、またしても、新一が隣に寝ていた。
 お互いに裸なのも、またしても、であった。
 今回はさらに、平次は新一を腕枕していた。
 接近度が上がっている。
 平次はあきらめてため息をついた。
 騒ぐ気力もなかった。

 朝の教訓にもかかわらず、昨夜二人は酒を飲んだのだ。
 発端は、蘭の父、毛利小五郎に勧められたからである。
 蘭の家で夕飯をごちそうになり、小五郎の晩酌の相手をしているうちに、ちょっと飲み過ぎてしまったのだ。
 いい気分で新一の家に帰り着き、朝のことを笑い飛ばし、実験と称して二人で酒盛りをした。
 まさか、同じ状況になるとは思っていなかったからである。
 で、結果。
 昨日と同じ朝を迎えてしまったのだ。

 ──なにやっとるんや、俺らは。
 平次は新一を見た。
 新一はすやすやとよく眠っている。
 平次の腕は、首の下から肩を抱くような形で新一の身体に回されていた。そのせいか痺れてはいない。
 平次の方を向いている新一の寝顔はあどけない。
 ──コナンの頃とそう変わっとらんなぁ。
 小学生の身体になっていた新一を知っているだけに、平次は少し微笑ましくなった。

 外は、天気予報通りに雨が降っているようだ。
 雨音がカーテン越しに忍び込んでくる。
 幼なじみたちは映画を見に行くとか云っていた。
 平次たちは予報を聞いた時点で出かけるのを取りやめ、新一の家で本を読んですごすことにしていたのだ。
 夕飯は彼女たちが作りに来てくれるらしいので、朝と昼を適当に食べるだけで、残った時間を読書に当てられるわけだ。
 なにせ工藤邸には本があふれている。
 時間が許す限り読んでおきたいというのが、平次の希望であった。

 今日は扉がちゃんと閉めてあるせいか、雨のせいか、エアコンがよく効いている。
 新一の肩先からずり落ちているタオルケットを引き上げてやり、平次はついでに新一の髪をなでた。
 自分の髪より柔らかかった。
 さらさらとした指通りが心地よくて、何度も髪に手を伸ばす。
 ふと、新一が目を開けた。
 髪を指に絡ませたまま、平次は寝ぼけている新一に笑いかけた。
「おはようさん」
「……おはよ」
 数回瞬きをして、新一がため息をついた。
「また?」
「また」
 平次はうなずいた。
「で、何事もなし?」
「みたいやな」
 新一が目を閉じた。
「眠い。もう少し寝る」
 腕枕されていることも、頭をなでられていることも、すでに驚くことではなくなっているらしい。
 二人とも置かれた状況に順応するのが早かった。
 さもあらん。
 片や、小学生になった経験があり。
 片や、小学生の姿だった彼をライバルと認識した男である。
 これぐらいのこと、二度目ともなれば、動じない。
「ほな、俺は先起きるわ」
 平次はベッドを抜け出した。
 昨夜はシャワーも浴びず飲んだので、身体がべたべたするような気がする。
 案の定、床には畳まれた自分の服が置かれていた。
 とりあえず、下着だけ身につける。
 どうせシャワーを浴びるのだ、全部着る必要もない。
「なら、俺も起きようか……」
 ベッドに半身起こした新一が、片手で目をこすった。
 その拍子に肩先に引っかかっていたタオルケットが、はらりと落ちる。
 何気なく振り返った平次は、固まった。
 慌てて目を背け、ぎくしゃくと扉に向かう。
「も、もうちょい、寝ときや!」
 背中越しに声をかけて、そそくさと部屋を出た。

 右手と右足を同時に出しながら、平次は浴室へ向かった。
 ──なんやねん! あの色気は!!
 タオルケットの滑り落ちた白い肌。
 あらわになった上半身。
 ちらりと見えた腰の細さは犯罪的だった。
 ──男や。工藤は、男や!
 胸がなかったのだから当然なのだが、平次は心の中で叫ばずにはおれなかった。
 だが、悲しいかな、身体はしっかり反応してしまった。
 朝だから、これは仕方のない生理反応なのだと思いこもうとしても、平次の目の前には新一の裸体がちらついてしまう。
 ──ちゃう、ちゃう、ちゃう! これは何かの間違いや!
 見たものを脳裏から振り払おうとしているのに、かえって新一のぬくもりや髪の手触りがよみがえってしまう。
 平次は思いっきり頭を振ってめまいを起こした。
 ──……水を浴びよう。頭冷やさな。
 くらくらしながら洗面所に入ろうとした平次は、ドア枠に強かに足の小指をぶつけた。



 平次が洗面所で悶絶している頃、新一はベッドの上で呆然としていた。
 部屋を出ていった平次の背中が、新一の目に焼き付いてしまったからだ。

 ベッドの上で下着をつけている平次の背中を見ているときは、ただ単に「いい身体してるよなぁ」と思っただけなのに。
 いざ、動いているのを見たら、衝撃的だった。

 まだ成長期だろうに、すっかり逆三角形になった後ろ姿。
 張りがあって伸びやかな肢体。
 浅黒い皮膚の下で、筋肉が動くのがわかった。
 ──格好いいじゃん。
 獣のような、無駄のない裸体。
 ぞくり、とした。
 身体に走ったのは悪寒ではなくて、甘い快感。
 一昔前の少女コミックでいうなら、胸きゅんというやつである。
 ──なんで、男にときめいているんだよ!!

 頭で否定しようが、身体は正直だ。
 心臓がうるさいほど鳴って、顔がほてってくる。
 新一はタオルケットを握りしめた。
 ──そういや、俺。腕枕されてたよな……。
 頭をなでられてもいた。
 平次の腕の感触がリアルに思い出されて、新一は思わずベッドに突っ伏した。
 しかし、そこには、まだ平次のにおいが残っていて。
 ──うわぁぁ!
 パニックに陥った新一はベッドの上で暴れたあげく、タオルケットに絡まって床に落ちた。





 朝食は、にぎやかだった。
 トーストにスクランブルエッグ、ベーコン。それにコーヒー。これでサラダか果物でもつけば完璧である。
 平次の作った洋風の食事を前にして、新一は思いつくままに話していた。
「別に野球が嫌いってわけじゃなくてだな」
 話題は何でも良かったのである。
 沈黙さえ訪れなければ。
「工藤がサッカー好きなんはよう知っとるし。あれに比べたら、スピード感に欠けるちゅうんもわかっとるって。せやから、ま、個人の好みもあるしやな、優劣なんちゅうもんはつけられへんような気ぃがするわけや」
「あー、好みっていうのは、あるよな」
「たこ焼きにマヨネーズをかけるかどうかちゅうぐらいのレベルでやな」
「ご飯にマヨネーズは食えないんだよな、俺」
「俺は好きなんよ。お好み焼きにマヨネーズ」
「手巻き寿司のツナマヨネーズなら、食えるんだけど」
 支離滅裂である。
 二人とも相手の言っていることを聞いている余裕がない。
 自分が何を話しているのかも、よくわかっていない。
 妙にかみ合わない会話を強迫観念に駆られて続けながら、二人はひたすら食べた。

 朝食は、いつになく早く終わった。
 居間の方へ平次を追いやって、新一はため息をついた。
 片づけ担当は、作らなかった方。
 せっかく新一の口に合わせた洋風のメニューだったのに、味などさっぱりわからなかった。
 新一は肩を落として食器を流しに運んだ。
 食事の間中、新一はコーヒーカップやフォークに絡む平次の指先から目を離せなかったのだ。
 ──俺、マジでやばいんじゃないか?
 男の一挙手一投足になぜどきどきしなくてはならないのか。
 新一はあまり深く考えたくなかった。
 ──今日一日、二人でいるのかよ……。
 出かけようにも外はあいにくの雨。
 幼なじみたちが来るのは夕方だ。
 お隣の阿笠博士のところに行ってもいいが、あそこには灰原哀がいる。
 ──あいつに会うぐらいだったら、ここにいたほうがいいかも。
 この状況で、哀の視線にさらされるのはつらい。
 いろいろと見抜かれそうな気がする。
 新一はもう一度ため息をついた。
 ──警察から呼び出しでもかかんねぇかなぁ。
 思わず不謹慎なことを考えてしまう新一であった。



 一方、居間のソファに倒れ込んだ平次もため息をついていた。
 ──あかん、マジであかんわ。
 平次は食事中、新一の唇に吸い寄せられそうになる視線を引きはがすのに必死だったのだ。
 当然、味などわからない。
 頭から水をかぶって身体の火照りはどうにか収まったものの、頭の中が冷えてくれていない。
 どうにも新一が気にかかる。
 ──ずっと一緒におるんは、一種の拷問やで。
 外は雨だ。
 新一は出たがらないだろう。
 映画やショッピングを楽しんでいる幼なじみたちを予定より早めに呼ぶのは、あとが怖い。
 かといって、お隣に行ったら、哀に遊ばれそうだ。
 ──あのちっこいねーちゃん、妙に鋭いからなぁ。
 今のややこしい心情を見抜かれるのは勘弁してほしい。
 平次はとりあえず座り直した。
 そのままことりと背もたれに首を倒して天井を見上げる。
 ──事件でも起きへんかな。めっちゃややこしいやつ。
 父親にしれたら殴られるではすまないようなことを、平次は考えた。

 しかし、彼らは事件のさなかにいたのである。
 ただ、気がついていなかっただけで。



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