無自覚な関係シリーズ 第六章

発 覚

― 後 ―




 屋上に通じる扉を開けると、パトカーのサイレンの音がよく聞こえるようになった。
 快斗は変装の下で小さく笑った。すべて計画通りだ。警備員の服装のまま屋上の端まで歩く。腰までの塀越しに下を覗けば、見当違いの方向に走っていく赤い回転灯が見えた。
 気配を感じて、快斗はゆったりと振り返った。
 開けたままだった扉から人影が出てくる。このところ毎回のパターンだ。
 屋上を照らす月明かりの下で、探が歩みを止めた。人に馴れない獣を相手にするように、彼が間合いを取って快斗に向き合うようになったのは最近のこと。高校生の頃のようにがむしゃらに追ってこない探偵を快斗は訝しく思っている。
「今回は古典的でしたね。初心に戻ったんですか、黒羽くん」
 快斗は警備員の制服に手を掛けた。一気に引き剥がして怪盗の姿に戻る。白いマントがふわりと夜風をはらんで広がった。
「違うと何度言えばいいんですか。白馬探偵」
 白い手袋に包まれた指先に今夜の獲物を挟んで、快斗は不敵に笑って見せた。
「僕は間違ってなどいません」
 快斗は軽く肩をすくめた。
 探偵に無防備に横顔をさらして、快斗は宝石を月にかざす。スターサファイヤのなかに、赤い石はない。ため息は胸の内だけにこぼした。
「なにを見つけようとしているんですか」
 探が放った問いに快斗は思わず身を硬くした。余裕の表情だけは崩さずに、快斗は探を見返した。
「いつもきみは宝石を月に透かす。石の中になにを見ようとしているんですか」
 快斗はことさら丁寧にスターサファイヤを白いハンカチに包んだ。それを無造作に探に向かって放り投げる。
「白馬探偵こそ、いつも質問ばかりだ。なぜ盗むのか。なぜ宝石ばかり狙うのか。その理由を解き明かすのが、探偵の仕事だと思いますが。いかが?」
 軽いステップで快斗は塀の上に飛び乗った。吹き上げてくるビル風が白いマントをはためかせる。
「彼らは知っているんですか」
「彼ら?」
 探が誰を指していっているのかわかっていたが、快斗は軽く首を傾げて見せた。
「きみと一緒に暮らしている、工藤くんと服部くんですよ。あのふたりは知っているんですか」
 余裕の消えた探の顔を快斗は驚きを隠して平然と見返した。
「私は彼らと暮らしてなどいませんよ。あなたはスタートラインを間違えている。それでは答えに辿り着くことは出来ない」
「僕は間違えていない。君は黒羽快斗だ!」
 快斗は眉をひそめた。声を荒げる探など、初めて見た。
 苛ただしげに首を振り、探が快斗に向かって訴える。
「なにが違うんですか、僕と彼ら……、いや工藤くんと。僕も彼も探偵でしょう。それなのになぜ、君は彼だけ特別に扱うんですか」
 快斗は黙ったまま探の顔を見つめていた。今夜の彼は少しおかしい。
 相手の沈黙で気を取り直した探が問いを重ねた。
「なぜですか」
「さぁ、私はあなたのいう黒羽ではありませんから、答えようがありませんね」
「黒羽くん!」
「固執することが賢いことだとは思えませんが」
 快斗は胸に手を当てていつも以上に気障に礼をすると、白い羽を広げた。ハンググライダーが風をはらみ、ふわりと踵が浮く。
 ついと空へ滑り出した快斗の背を探の声が追った。
「きみが相手だから、固執しているんです」
 快斗は重心を傾けてハンググライダーを旋回させ、ビル群の陰に隠れた。探の視界から逃れて、快斗は思い切り息を吐き出した。
 はっきり言って、仕事自体よりも探の相手の方が疲れる。キッドを快斗と確信した上で、捕まえようともせず話ばかりしたがる。多くを語ることは危険だと知っているからこそ、いつもはぐらかしているのだ。だが、今夜はしつこかった。男に固執されても嬉しくない。しかも相手は食えない探偵だ。やっかいなことこの上ない。
「それでも、だいぶ近づいてきたかな」
 夜風を切って目的地に向かいながら、快斗はひとりごちた。
 宝石の中になにを見ているのか。
 問われたときはさすがに驚いた。顔色までは変わらなかったと思うが、それでも近くにいたなら気づかれていただろう。幸い彼の目に晒していたのは横顔だ。モノクルの影で目の色までは見えなかったに違いない。
 快斗は白馬に正体を明かす気はない。これ以上秘密を知る人間を増やすわけにはいかない。
 ネオンの隙間に目的の雑居ビルが見えてきた。そこを目掛けて、快斗は舞い降りた。

 屋上に降り立ち、快斗は空を仰いで息を吐いた。ネオンの明かりにまぎれて、月の光は弱々しい。
 隅に捨て置かれた物置の脇から、隠してあったスポーツバッグを引きずり出す。中に入っているのは着替えだ。今回の仕事では怪盗の衣装の下に服を仕込めなかった。
 シルクハットをとって、快斗は髪を掻き上げた。肩からマントを外して畳み、モノクルをハンカチに丁寧に包んで、外した手袋と一緒にバッグに仕舞う。ネクタイをゆるめたそのとき、誰もいるはずがない屋上に声が響いた。
「おっそいで、黒羽。待ちくたびれてもうたわ」
 おかげで蚊に食われた、とぼやきながら平次が物陰から現れる。上下とも黒でそろえた彼は夜に溶け込んでいた。
 快斗はポーカーフェイスも忘れて、立ちつくしていた。逃げることも誤魔化すことも真っ白になった頭では考えつかない。
 片頬にネオンの明かりを受けている平次がにやりと笑った。
 平次はゆっくりと歩み寄ってくる。動けない快斗を見て、彼の笑みが困ったようなものに変わった。
「とりあえず着替えろや。その格好は目立つわ」
 言われてようやく快斗の思考回路にスイッチが入った。
「なんで、平次がここに? どうして? いつから?」
 快斗の口からあふれ出す疑問を平次が片手を上げて制する。
「落ち着けや」
「落ち着けるわけないだろ!」
 叫ぶように言って、快斗は肩で息をした。今更になって自分の激しい動悸に気づく。
 今朝工藤邸で平次と別れたとき、彼はいつもと変わらなかった。スポーツバッグを肩に掛け、出かける自分を彼は笑顔で送り出してくれたのだ。たった十二時間ほどの間に、平次になにが起きたというのか。
 嫌な予感が快斗の頭をかすめた。
「……まさか。まさかと思うけど……」
「それはちゃう」
 すべてを口にする前に、平次が快斗をとどめた。
「ええから着替えろ。で、そのまま俺の話を聞いてろや」
 平次に促され、快斗は着替えを再開した。ジャケットのボタンを外す自分の指が強ばっていて、情けなさに自嘲の笑みが浮かんだ。
 快斗を横目にしながら、彼が話し出した。
「俺の試験の最終日にな、白馬に会ってん」
「じゃ、白馬のやつが?」
「せや。キッドの正体はおまえやゆうてな。
 おまえはあの工藤が対組織の協力者としていたやつや。ただもんのわけないとは考えてたけど、まさかこういうことやとはなぁ。ほんま因縁の相手やったわけやな」
 平次はひとりで笑う。
「工藤はおまえの裏の顔を知っとるて白馬はゆうてたけど、それには俺も同感やった。そしたら、なんで工藤はおまえにこれをやめさせへんのか。止めへんだけの理由があるのか。気になることが山積みになって、それを調べるのに署内でこっそり資料に埋もれとったら、工藤にばれた」
 顔を上げた快斗は平次と目があった。
 苦笑している彼は拍子抜けがするほどいつもと変わらない。
「じゃ、新一から全部聞いたんだ」
「さぁどうやろな。あいつが全部話したかはようわからんし。それ以前におまえが全部工藤に話しているかどうかもわからんやないか」
「俺は全部話しているよ」
 着替えを終え、快斗は平次と向き合った。
「俺の親父は永遠の命をくれるという宝石を組織と争って、事故に見せかけて殺された。俺はその宝石を見つけだすまでキッドは止めない」
「それは親父さんの遺志なんか」
 快斗は肩をすくめた。
 父の遺言が入っていたかも知れないテープは、見つけたときには再生できる状態になかった。どれだけ記憶をあさっても宝石の話など思い出せない。付き人で協力者でもあった寺井は詳しいことは知らされていなかったようだし、母は何か知っているようだが、聞いたところで返ってくるのは困ったような微笑みだけだ。
「さぁね。だいたい俺は親父がキッドを始めた理由が、パンドラを探すためだったのかどうかさえも知らない」
 あの頃の自分は小さかった。父が秘密を話す相手にしては、あまりにも子供だった。
「見つからなかったらどうするんや。そもそもそんなもんがなかったら」
 平次が新一と同じことを聞く。彼らは現実的だ。宝石がくれる永遠の命など頭から信じていないのだろう。
「世界中の宝石をすべて調べて、なければそれでいいよ」
 別に永遠の命が欲しいわけではない。
 パンドラが実在しているかどうかが問題なのでもない。
「俺は親父の命を奪う原因になったものをこの世から消してしまいたいだけだ」
 静かに言いきった快斗を平次が見つめている。
 ややあって、平次がため息をついた。
「消すんか」
「新一の目の前で砕くって約束してある」
「そんなら、そんときは俺も呼んでや。実際にあるんなら見てみたいしな」
 パンドラを、と平次が笑った。
 平次の申し出に、快斗は絶句した。
 それはつまり怪盗を続けることを黙認することに他ならない。
「平次……」
「なんや?」
 平次は固まっている快斗の脇をすり抜け、スポーツバッグを拾い上げている。
「いや、その、それでいいわけ? もしかして新一から何か言われた?」
 まさかあの新一が、と言った快斗の頭を平次が小突いた。
「どあほ。工藤は自分で決めろゆうた。おまえのことを見逃してくれなんて、間違ってもゆう男やないやろ。そないなことぐらいわかるやろうが」
 バッグを肩に掛けた平次が、非常階段の方に歩き出す。快斗はその背を追った。
「そうだね。あの新一が言うわけないか」
「ないない。絶対あり得ん。ゆうたら偽物やできっと。その工藤は下の車で待っとるで。遅いから苛々しとるんちゃうかな」
 おお怖、と平次が肩を揺らして笑う。
「そう言えば何でここがわかった?」
 雑居ビルに外付けされた階段にふたりの足音が響く。手すりに触ると錆が手についた。
「昼間に工藤とふたりがかりで探したんや。おまえが着替えの入ったバッグを持って出ていっとったから、仕事の間はそれをどこかに隠しとるやろと思うてな。たいがいあの気障ったらしい格好でハンググライダー使うて逃げるようやから、逃走経路を予想して、めぼしいビルの屋上を虱潰しにあたったわけや」
 なんでもないことのように平次は言う。
「ちゃんと見つからないように隠して置いたのに」
「隠してあるのを見つけるのが探偵やで」
 平次が振り返って笑う。
「犯人の残した手がかりを見逃さんのが探偵の目や。おまえもずさんな隠蔽工作しかしとらんかったからな」
「それにしても、待ち伏せしているとは思わなかった。俺が帰ってからにすればよかったのに」
「あほ。現場押さえんかったら、おまえしらばっくれるやろ。口の立つ黒羽を負かすのはしんどいからな。その手間省くために駈け回ったんやで。明るいうちにバッグが見つかってほっとしたわ。途中、コナンが使うてた発信器をバッグに取り付けといてやればよかったと思ったで。ほんま」
 実際取り付けられてもおかしくはなかったと快斗は思った。二週間も前から平次は正体を知っていたのだ。やろうと思えばいくらでも出来たに違いない。
「でもしなかったんだ」
「なんかフェアちゃうやん」
 そう言う問題か、と思ったが、快斗は口には出さなかった。
「平次に知られたとなると、ますます捕まるわけにはいかなくなったな」
「捕まる気ぃなんてさらさらないくせに、なにをゆうとるか」
「だってさ。平次の親父さんは警察の偉いさんだからね。その息子の友人がキッドだったなんてことになったら、大変な騒動になるよ」
 平次が快斗を見て階段を下りる足を止めた。地上まであと三階ある。
「おまえが捕まらんかったらええだけやん」
「それは信頼?」
「どあほ」
 速攻で突っ込まれて快斗は首をすくめた。
「ふたりに迷惑を掛ける気はないよ。キッドは止めないけど」
「俺は全部覚悟の上や。おそらく工藤もそうやろ。せやからおまえはそこまで気を回さんでもええ」
 快斗の肩を叩き、平次はまた階段を下り始める。
 快斗はその背を見つめて、小さく笑った。
 新一の目に狂いがなかったことを、改めてうれしく思った。






 見慣れた新一の車がビルに横付けされていた。バッグを抱えて後部座席に乗り込む平次に続いて、快斗は助手席のドアを開けた。
 新一が快斗を見つめている。
「ありがとう」
 快斗の礼に、新一が顔をしかめる。
「礼を言われるようなことは、なにもしてないぞ」
「でも、ありがとう」
 譲らない快斗に新一が小さくため息をつく。彼は運転席の脇から缶コーヒーを取り出した。
「ほら、飲め」
 カフェオレの缶を快斗の手に押しつける。冷たさからいって買ったばかりのようだった。いつも好んで飲む銘柄を覚えてくれていたことも、喉が渇いているだろうと気を遣ってくれたことも、たまらなく嬉しかった。思わず両手で缶を握りしめ、目を閉じて額に押しつける。
 肩越しに後ろの平次にブラックの缶を渡していた新一が苦笑した。
 新一もまた自分の缶コーヒーで喉を潤してから、静かに車を出した。

 空き始めた道を車は快調に走る。
 三人はしばらくの間無言で缶コーヒーを飲んでいた。
 赤信号に引っかかったのを機に、新一が後ろに問いかけた。
「で、どうした? 服部」
「どうもこうも今まで通りや」
 平次が軽く肩をすくめる。
 答えを聞いた新一の横顔にかすかな安堵の笑みが広がるのを快斗は見た。
「平次もパンドラが見たいらしいよ」
 横目で新一が快斗を睨む。
「見たいわけじゃないからな。勘違いするなよ、快斗」
「わかっているよ。冗談だって」
 見つからなければ、快斗はキッドを止めない。だからだ。
 ウィンクをつけて笑うと、快斗は新一の髪をかき混ぜた。
「そのくせやめろ、快斗」
「ま、ええやんか。リラックスしとる証拠やろ」
 後ろから平次の腕が伸びて、新一の頭を軽く叩いた。目を見張った新一の手が胸元を押さえる。それに気づいた平次が慌てて手を引いた。
「ちょっと平次! それ平次のせいなんだから、運転中はそういう……」
 しまった、と快斗は思った。
 新一と平次が驚いた顔で快斗を見ている。
「服部のせい?」
「俺のせい?」
 ふたりが異口同音に快斗に詰め寄る。
「おい、快斗。どういう意味だよ。説明しろ。俺の発作と服部とどういう関係があるんだ?」
 厳しい表情で新一が言えば、後ろでは平次が心配そうな顔で快斗に聞く。
「ほんまに俺のせいなんか?」
 快斗はシートベルトの許す限り、彼らから遠ざかろうとした。顔が引きつっているのを自覚する。
「新一、ほら信号変わった。青、青」
 快斗は信号を横目に捕らえて新一に発進を促した。とりあえず新一の視線は快斗から外れたが、後部座席から身を乗り出した平次がさらに問う。
「なぁ、ほんまか?」
 平次に裏の顔がばれた動揺が尾を引いていたのか、隠し事がなくなって気がゆるんでいたのか。快斗は迂闊な発言を悔やんだ。
「快斗」
 前を向いたまま、新一が名を呼ぶ。言い逃れを許さない声だった。
「たぶんそうなんだよ。最近回数の増えている新一の軽い発作は、平次のいるときだけ起きていることに気がついたんだ。この間」
 誤魔化せないと思った快斗は、ため息をつきながらも答えた。肝心なこと、平次が原因になってしまう理由には、触れないように気をつける。
「ふたりとも思い当たるでしょ」
 車内に沈黙が下りた。探偵ふたりは揃って口元に手をやっている。それを見て、快斗はシートに沈み込んだ。
 新一の無自覚の恋を応援する気は満々にあるのだが、こういう形で発作の原因を告げてしまったことが、良いことなのかどうか快斗にはわからない。ただ今後ふたりの関係におかしな影響を与えなければいいと思う。
「そうゆうたら、そうかもしれへんな」
 先に納得したのは平次だった。落ちた肩が彼の心情を表しているようだ。
「なぁ、なんでなん、工藤」
「知るかよ」
 納得のいっていない新一がぶっきらぼうに答える。
「黒羽はどうしてやと思う?」
 新一の身体を気遣う平次は、自分に原因があるのならばそれを取り除きたいと思っているのだろう。すがるような目で快斗を見つめている。
「ごめん。俺にもわからない」
 快斗が首を振ると、平次はため息をついた。
「気にするな、服部」
 バックミラー越しに新一が言うが、平次は「せやけど」とこだわっている。
 ふたりのやりとりを見ながら、快斗は内心でずっと頭を抱えていた。






 工藤邸の門扉を抜けて、車はガレージに向かい徐行していた。リモコンで操作したガレージのシャッターがゆっくりと上がっていく。
 妙に沈み込んでしまった車内を明るくしようと快斗はひとり奮闘したのだが、落ち込んでいる平次の反応はいつもよりも鈍く、新一に至っては運転しながら考え事に没頭しているようでろくろく返事もしてくれなかった。
「黒羽、腹減っとらん? ピザならあるで。冷凍のやけど」
「食べる、食べる。昼からなにも食べてなくってさ」
 そろそろ降りるからと快斗がシートベルトを外したとたん、徐行していた車が急停車した。快斗と平次の叫び声がユニゾンで上がる。ダッシュボードにぶつかりそうになった快斗は、崩れた体勢のまま運転席の新一を見た。
 新一はガレージの奥を見つめて固まっていた。
 快斗もそちらを見たが、特に驚くようなものはない。いつものガレージだ。
「新一?」
 聞こえていないのか、彼は信じられないものを見るような目で何かを見つめている。
「工藤。どないした。発作か?」
 平次に問いかけられ、新一が慌てた様子でアクセルを踏んだ。
 急発進したせいで、快斗はシートにぶつかった。後部座席では平次が倒れている。
「新一?」
「いや、なんでもない。なんでもないから」
 なんでもないと繰り返す横顔は、尋常ではない。
 引きつった顔のまま新一はガレージに車を止め、そそくさと車を降りた。
「悪い、俺今日はもう寝るから」
 車内のふたりと目を合わせずにそう言って、新一は逃げるようにガレージを出ていってしまった。
 残されたふたりは顔を見合わせた。
「工藤のやつ、どないしたんやろ」
「さぁ、さっき、すごい目でガレージの奥を見つめていたんだけど……」
 快斗は車を降りて新一の見つめていたあたりを眺めてみたが、やはりおかしなものはなにもない。
「幽霊でも見たような顔をしてたけど、なんだったんだろ」
「工藤は幽霊見てびびるようなやつやないで。まず疑ってなにが幽霊に見えたんか調べるやつや。原因を追及せんとおれるようなやつちゃう」
 バッグを抱えて車から出てきながら、平次が断言する。快斗もその意見に賛成だった。あの新一が幽霊に驚くわけがない。
「だったら、なにを見たんだろう」
「別に見たわけちゃうんやないか。いきなり腹でもこわしたとか」
「お腹壊したなら、寝るなんて言わないでトイレに駆け込むと思うけど」
「せやな。したら、なんでや」
 ふたりは改めて顔を見合わせた。揃ってため息をつく。
「明日の朝、聞いてみることにしよう」
「起こすのは任すで。俺が行って発作起こされたらたまらんわ」
 平次はやはりかなり気にしているようだ。
 快斗は彼の肩を叩いて、慰めた。
「とにかく、汗流して軽く食べようよ」
「風呂は先に譲ったる」
 以前と変わらない笑顔で平次が笑う。快斗もそれに応えて笑った。白馬がなにを考えて平次にばらしたのかは知らないが、結果オーライだったと快斗は思った。
「ビール冷えてる?」
「抜かりはないで」
 にっと笑いあって、ふたりは玄関に向かった。



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