U−3 学 び の 転 換 と 開 発 教 育 の 新 し い 展 開


出典:『つながれ開発教育〜学校と地域のパートナーシップ事例集』
     解説編 (開発教育協議会、2001)

                            開発教育協会 小貫 仁
                            地域と地球をつなぐ学びの広場主宰
                            http://www.ne.jp/asahi/onuki/hiroba/


1 なぜ、学校と地域の連携か〜学校教育の視点から

1) 学校における学びの転換
 近代社会における学校は社会で役立つはずの知識の体系を教え込む教育の場であった。しかし、今日、そこには「与えられた正解」を受け身で獲得していく学習に意味を見いだせなくなっている状況が現れている。学習そのものが子どものものになっていないこと、与えられる知識が生活実感とかけ離れていることなどが要因であろう。子どもたちの多くは何のために学ぶのかがわからなくなっている。「学級崩壊」と称される現象もこうした状況と無縁とは考えられない。規範や目標を喪失しがちで、人間同士の関係性も分断されがちな今日の社会を背景とした学校教育の混迷がここにはある。
 こうした状況を受けて誕生したのが「総合的な学習の時間」である。これは、「生きる力の育成を基本とし、知識を一方的に教え込むことになりがちであった教育から、子どもたちが自ら学び、自ら考える教育への転換をめざす」(第15期中教審)ものである。そして、そのねらいは「@自ら課題を見つけ、自ら学び、自ら考え、主体的に判断し、よりよく問題を解決する資質や能力を育てること、A学び方やものの考え方を身につけ、問題の解決や探究活動に主体的、創造的に取り組む態度を育て、自己の在り方生き方を考えることができるようにすること」(平成10年版学習指導要領)とされている。ここには、これまでの学習観を変革する内容を読みとることができよう。

2) 総合学習の模索と地域との連携
 「総合的な学習の時間」は学習の内容と方法の総合化をめざしている。活動は、課題を探求する学習、生き方や進路の学習などで構成される。そして、「開かれた学校」づくりと連動して、地域との連携が重要な課題となっている。つまりここでは、子どもたちと地域の人びととの協同の学びが志向されている。「開かれた学校」の推進は、学校と地域の連携による「学びの再生」を模索するものと言える。
 しかしながら、重要なのは、子どもの問題意識をどのように育み、何を学ぶのかということである。これに関して「総合的な学習の時間」の解説は生徒の興味・関心と例示領域を提示するのみである。どうしたら、子どもたちは、生活に根ざしながらより広い視野を得、自己と世界の関係性(人間としての本質的願いや人びとの現実さらに世界のあり方の可能性などとの関わり)を築けるだろうか。この「総合的な学習の時間」には大きな意義があるけれども、私たちは、その中で本当の総合学習を模索していかなければならないと思われる。
 別の観点からの批判もある。いわゆる「低学力化」批判である。従来の学力観では学びのあり方に展望を見いだせないが、体験に傾きすぎる「はいまわる経験主義」を危惧することは意味があるだろう。デューイが考えたように、教育とは子どもの現在から出発して真理の体系へと入り込んでいく不断の再構成である(デューイ『学校と社会・子どもとカリキュラム』、講談社、1998)。したがって、本来の総合学習は決して「知識」を軽視するものではない。基礎知識を土台に、生活知から事実認識に至る本物の知を志向するのである。逆に、教科学習のあり方が問われよう。教科の総合化こそが先決とも言える。学問分野に則して「知識と経験を総合する学び」を築き、「総合的な学習の時間」と連携する展開が求められる。

3) 国際理解における学びの転換と地域との連携
 地域との連携は、地球的視野に立つ教育においても重要である。
 学校は国際理解教育であるから、まず、第15期中教審の「21世紀を展望した我が国の教育の在り方について」を検討しておこう。国際理解教育の指針として次のような留意点を示している。

a. 広い視野を持ち、異文化を理解するとともに、これを尊重する態度や異なる文化を持 った人びとと共に生きていく資質や能力の育成を図ること。
b. 国際理解のためにも、日本人として、また個人としての自己の確立を図ること。
c. 国際社会において、相手の立場を尊重しつつ、自分の考えや意志を表現できる基礎的 な力を育成する観点から、外国語能力の基礎や表現力等のコミュニケーション能力の 育成を図ること。

 これが今日の国際理解教育観である。新しいのは、「国際社会で共に生きていく自己の確立」という観点である。自国中心主義に陥らない「グローバルな自己形成」(世界認識と生き方の統合)は教育上の重要な課題と言える。その自己形成の過程は、自己撞着を超えて自分を他者に解き放ち、世界との関係性を築く生き方にたどり着く自己変革の営みと考えたい。そのためにこそ、地域の人びととの学びの中で、問題意識を育み鍛え、関心を世界にまで広げる学びが問われるのだと思われる。
 けれども、現状の国際理解教育の問題点は異文化理解に傾きすぎることである。国際交流体験は子どもたちに友好と共生の心を育む意義があるが、時代の要請する課題(「内なる国際化」「地球的諸課題」など)への対応が求められる。さらに、単発になりがちなイベント学習を乗り越える試みを国際理解における学びの転換としたい。そして、国際理解教育を補完すると共に深化する学びとしての開発教育の新しい可能性を考えたい。

2 子どもたちと地域の人びとが共に学ぶ開発教育

1) 学校と地域のパートナーシップの事例
 人びとが多様な価値観と生き方で生活している地域社会は、子どもにとっての自己形成空間である。新しい学びは、学校の内外で地域の人びととのリアリティある出会いを用意し、子どもたちは社会とのつながりに生きる態度を形成していく。こうした営みは、地域の教育力の活性化にとっても意義があるだろう。
 本書で紹介する学校と地域の連携の事例は地球的視野に立つ教育に関するものである。いずれも、学校が地域のリソースを活用するという一方通行でなく、相互に主体性のある連携を築こうとしている。地域側の主体は、市民団体(NGO/NPO/青年海外協力隊関連団体など)、国際交流協会、主に調整役としての教育委員会などである。
 具体的な展開には、次の4つのパターンが存在している。

A. 学校から地域とつながるパターン
 様々なリソースと連携して、多様な文化を理解したり、世界と共存する生き方を模索する学びを展開している。柏木小、円蔵中、川崎南高の事例がこれに相当する。
B. 地域から学校とつながるパターン
 地域側が学校に人材を派遣するだけでなく、学びの場を設けてワークショップなどを行っている。ピナット、武蔵野市、福岡県、PETA、DECの事例がこれに相当する。
C. 「地域づくり」への参加でつながるパターン
 持続可能な地域、人権や福祉に配慮した地域、学社融合など様々な地域づくりに参画する中でつながりを築く。ECOM、東和町、豊中市、鹿沼市の事例がこれに相当する。
D. 「地域のネットワーク」でつながるパターン
 学校と市民団体が地域のネットワークで連携し、セミナーなどを開催しながら結びつきを深め、パートナーシップを築いていく。青森県、奈良県の事例がこれに相当する。

 実際は、各パターンが多様に入り混じっている。今後、これらが融合するところには、学校と地域のパートナーシップによる新しいパラダイムが見えてくるように思われる。

2) 世界とのつながりのあり方を考える
 それでは、学校と地域のパートナーシップでどのような学びを築くのだろうか。ここでは、総合学習における国際理解と地域との連携から考察していこう。
 国際理解の学びで大切にしたいのは、相互に理解しあうことで共に生きようとする友好の心である。さらに、その友と様々な課題を共に解決しようとする協力の心である。そこで一般には、国際交流〜外国事情〜国際協力といった学習段階を設けることが多い。けれども、その学習は型にはまりすぎている。案の定、そこでの地域との連携は、単発のイベント学習に終わりがちである。本書の事例は、その硬直性を脱している点でモデルとなり得ると思われる。
 ここではさらに、身の回りからの国際理解の重要性を確認したい。これまでの国際理解教育では、国際理解は特別な分野であり、身の回りや地域と切り離してしまいがちだったからである。つまり、私たちと世界の人びととのつながりの理解を深めるという当たり前の学習が意外なほどに欠落してきたのである。
 例えば、総合学習のトピックで、私たちの今日の生活を代表するもの( 100円ショップなど)あるいは時事的な事柄(ダム建設など)を探求するとしよう。それらを調査することで見えてくるものが 100円ショップとアジアのつながりであったり、途上国のダム建設と共通するものであったりすることを国際理解の一環と考えられないだろうか。そこでのリソースとの連携は、地域理解を深めて問題解決を探るものであり、さらに地域と地球をつなぐ学びを深めるものとなる。このように、身の回りから世界の人びととのつながりを理解し、そのあり方を考えることを重視したいが、これは開発教育の視点である。
 このように、学習テーマ(図1)を地域学習と地球学習で切り離すのでなく、図の左側(地域領域)と右側(地球領域)をつなぐことで国際理解は日常のものとなる。大切なのは、左側から右側へ、あるいは右側から左側へとつなぐ学びの相互作用である。右側からつなぐ相互作用とは、例えば「家族」をトピックとするなら、世界の家族を調べて日本と比較しながら、家族のあり方、人間としての生き方を模索するような学びである。

(図1) 〔学習テーマのマトリックス〕  −略−

3) 地域と地球をつなぐ学びの展開
 身の回りからの開発教育についてまとめよう。「総合的な学習の時間」の基本は身近な地域学習である。ここで地域からの開発教育を考えることは、地域学習と地球学習の総合化である。さらに、「国際理解」「情報」「環境」「福祉・健康」という例示領域の総合化でもある。
 身の回りを優先するアプローチは足元の問題を「ひとまず置いておいて」地球的問題に飛躍するアプローチへの反省を含んでいる。これまでは、問題を非日常の遠い存在として捉えざるを得なかった。それに対してこのアプローチは、問題が遠い世界の出来事でないゆえに現実がリアルである。対立を克服するために切実な葛藤に迫られる。重要なのは、だからこそ、同類の地球的問題に対して共感と認知が深まるということである。
 例としての展開案は概ね次のようになる。

1. トピックを通して、世界の人びと、文化、地球の問題とつながる
2. トピック探求を深めて、身の回りと世界に共通するものに気づく
3. 地球的視野で解決を模索する、身近な地域づくりなどに参画する

 これは開発教育の3段階である。まず、トピック(素材)を通して世界とつながる。次に、身の回り(地域)と世界(地球)に共通するもの(社会が失っているもの)に気づく。最後に、地球的視野で課題解決を模索し、世界と共に生きる地域をめざして「地球規模で考え、地域で行動する」。
 この展開は、地域のパートナーの地球的視野の問題意識を地域の問題から解きほぐしていくものでもある。国際協力の現場からの「自分たちの社会の中で行っていないことを、事情の違うよその社会においてできるはずがない」(中田豊一『ボランティア未来論』、コモンズ、2000)という訴えに耳を傾けたい。日本の問題とその解決行動は、世界の問題とその解決行動にとって切り離せないものなのである。
 課題探求は身近なトピックを歴史的・実証的に掘り下げる。身近な問題を通して、世界の人びととのつながりを理解し、さらに、地域学習と地球学習に共通する本質的なものに気づくことが究極の理解となる。そうした気づきは子どもには無理だと考えるのでなく、子どもの「本質を直感する力」を信頼して具体的な学びを築きたい。

3 新しい開発教育のカリキュラム

1) 「開かれた学校」の運営体制
 カリキュラムは教師と生徒が父母や地域の人びとの協力を得て共に創り出していくものである。その前提として、「開かれた学校」が求められる。特定の教員による関係づくりだけでなくシステムとして機能するには、学校側に次のような運営体制と運営上の配慮が必要である。

a. 学校運営上の全体的な立案にあたって:
  基本方針では、国際理解の重視と地域との連携が志向されていること。
  地域との連携のための組織的な運営を確立すること。
b. 指導計画の方向性の策定にあたって:
  地域の教育資源マップや人材データベースなどを整備すること。
  市民団体や国際交流協会などとの継続的な協力体制を築くこと。
c. 学習活動の構想と実施にあたって:
  十分な打ち合わせを持つとともに、学びの場を地域全体の視野で広げること。
  学校側の一方的な活用ではなく「市民と共に学ぶ」あり方の模索を伴うこと。

 以上において、全国各地に存在する第三セクターの役割や、行政サイドの資金援助など条件整備での支援に期待したい。

2) 地域と地球をつなぐ学びのカリキュラム
 これまで考えてきた地域と地球をつなぐ開発教育の展開は、地域でのトピック学習を軸としている。ここでは、そのカリキュラム構想(例)の概略を表にしておこう。
 +−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−+
  ○ねらいの設定 
  ○テーマの設定(文化領域/課題領域)
  ○切り口の推定(テーマのウェビングで身近なトピックを見通す)
  ○展開の見通し 
   a 主題:テーマの共有〜トピックの決定(ウェビング)
   b 探究:トピックの掘り下げ〜中間発表〜らせんアプローチ
   c 共有:最終発表(総合表現)〜学びの共有〜解決模索
 +−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−+
 この構想での教師の役割はカリキュラムに地域との連携をどう組み込むかのお膳立てである。例えば「テーマの共有」や「中間報告」などで地域の人びとと共に内容を深める。あるいは、らせんアプローチ(視点を変えた再調査による学びの深化)で地域の課題解決に参加する。
 なお、地域の課題解決を展開する場合は「アクション・リサーチ」(図2)の方法が有効であろう。これは表の〔主題−探求−共有〕に対して〔問題−分析−行動〕のプロセスで展開する。重要なのは、地域社会の民主的な課題解決=社会変化への子どもの参画である(ロジャー・ハート『子どもの参画』、萌文社、2000)。(ECOMの事例参照)

(図2) 〔アクション・リサーチのプロセス〕 −略−

3) 課題と展望
 本書で紹介する先進事例は子どもたちと地域の人びとが共に学びあう新しい開発教育のあり方を示すものである。そのつながり方にはどのような検討の余地があるだろうか。
 方向性としては、協同する学びの場づくりをめざして、総合学習のプログラムや教材づくりを共に行うことが必要となろう。少なくとも、地域の人びとは、学校のカリキュラム内容を理解して、それとどのように関わるか検討できるようでありたい。そのためには、教師も積極的に地域での関係を広げ、学校と地域に垣根のないネットワークを築くことが求められる。
 協同の学びは、日常のカリキュラムに関連しながら、子どもの生活と参加者の問題意識をつなぐ学びをどう築くかが課題となろう。本稿は、こうした学びによってこそ、「共に生きることのできる公正な地球社会づくりに参加することをねらいとする」学びが自己と世界の関係性を築く営みとして具体化されると考えている。
 地域と共に創る総合学習の実践の共有は、学びの事例の共有であると同時に学びの深化の共有として意味がある。こうした共有が広くなされることで、学びの新しいパラダイムの展開が期待できる。


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