V−5 持続可能な開発のための教育(ESD)の実践



[高社研] 総合社会科研究委員会・研究大会での報告 より

       持 続 可 能 な 開 発 の た め の 教 育 (ESD) の 実 践

         『社会科研究集録 No.42』                           小貫  仁


1 ESDとは?

 ESDとは“Education for Sustainable Development”(持続可能な開発のための教育)の略語である。「持続可能な開発」という用語自体は、すでに、1992年のリオの「地球サミット」(国連・環境開発会議)で一般化している。
 「持続可能」という言葉には、環境保護・保全に限られないさまざまな課題が含まれている。特に、そこには「環境問題と同時に、貧困問題も解決しなければならない」という含意がある。貧困と環境破壊は悪循環を起こしているからである。ところで、「開発」とは、生産の増大に関わる「経済開発」にはじまり、生産のみならず生活環境全体に関わる「社会開発」、人間の選択可能性に関連する「人間開発」など幅広い概念を含むものである。
 それに応じて、ESDの概念も幅広い。環境をはじめ、開発・人権など社会的課題をめぐる幅広いつながりを重視している。異なる教育分野が、互いに共有できるエッセンスを探り、「持続可能な社会」を創るという目標に向けて総合的に取り組むことが重要である。日本の推進組織であるESD−Jは、これらのエッセンスを、「育みたい力」(多面的ものの見方やコミュニケーション能力など)、「教育・学習手法」(参加型学習や合意形成など)、「価値観」(共生や人間の尊厳など)に集約している。

<参考> ESDの定義(環境と開発に関する世界委員会、1987)
      「将来の世代のニーズを充足する能力を損なうことなく、
       今日の世代のニーズも満たす開発」

 2005-2014年は「国連・持続可能な開発のための教育の10年」に当たる。きっかけは、2002年のヨハネスブルグサミットでの日本からの提案である。この教育づくりには、これから具体的な指針が打ち出されてくるはずである。

2 開発教育とESD

 開発教育は「私たちひとりひとりが、開発をめぐるさまざまな問題を理解し、望ましい開発のあり方を考え、共に生きることのできる公正な地球社会づくりに参加する」ことをねらいとした教育活動である。端的に語れば、「人間社会あるいは地球社会における開発・発展のあり方」を究極のテーマとしてきた。したがって、「持続可能な開発」という概念も重要な概念として受け止めてきた。
 すなわち、開発教育には次のような5つの具体的な目標がある。
(1) 人間の尊厳性を尊重し、世界の文化の多様性を理解する
(2) 貧困や格差の現状と原因を理解する
(3) 環境破壊などの地球的諸課題との密接な関連を理解する
(4) 世界のつながりを理解し、私たち自身との関わりに気づく
(5) 問題を克服するための努力や試みを知り、参加できる態度と能力を養う
「持続可能な開発のための教育」とは、狭い意味では (3) が直結し、広い意味では、(1) から (5) までの全体が関わっていると考えることができよう。

3 ESDの実践

 筆者の実践は、持続可能な開発のための教育を「新しい環境問題」と捉えることから始めた。
 まず、ESDの定義から次の2つの概念を抽出し、各々に実践のねらいを当てはめた。

(1)世代間の公平性
   A.地球の有限性を認識する
   B.生活の質的改善を模索する

(2)世代内の公平性
   C.人口・貧困などとの関連を理解する
   D.公正な地球社会を模索する

 基礎概念としては、次のような「持続不可能な開発の構図」を共有した。


 [ 北 ]  大 量 生 産 →  大 量 消 費

         ↑         ↓

      大 量 資 源     大 量 廃 棄

         ↑

 [ 南 ]  人口〜貧困〜環境破壊 の 悪循環


 「新しい環境問題」とは、人間が経済活動を通じて地球の有限性を超え、次世代への持続可能性を損なうだけでなく、過剰開発が現世代の公平性をも脅かしていることである。

 授業では、次の4つの教材を軸にして展開した。

1) 視聴覚教材T 「ごみの逆襲」 (NHK「ワールドドキュメント」)

2) 視聴覚教材U 「CO2との戦い」 (NHK「ワールドドキュメント」)

3) 参加型教材T 「トロピコ島のごみ問題」 (国際理解教育センター『地球のみかた』)

4) 参加型教材U 「油ヤシ農園開発」 (開発教育協会『パーム油のはなし』)

 まず、ごみ問題として身近なところから入り、ドイツ、アメリカなど海外の事例を紹介していった。
 そして、「トロピコ島のごみ問題」で宇宙船地球号の限界について考えた。大量生産〜大量消費という「大量」のままでは、基本的にリサイクルでは対応し切れない。
 次に、私たちの大量生産を支える大量資源はどこからきているか、どのような問題を抱えているかをロールプレイの手法で考察した。

 これらの合間に、夏休みを利用して地域のごみ問題の調べ学習を組み込んだ。
 最後は、自分たちの「持続可能な地域づくり」のワークショップを行った。これは、市職員や会社員、主婦、学生、老人、外国人、環境保護NGOなどのさまざまな役割(視点)で地域づくりを考えるものである。

4 ふりかえり

 持続可能な開発のための教育は、地域と地球をつなぐ学びである。私たち自身の生活や社会の学習ばかりでなく、地球規模の視野での学習が必須である。しかも、方法は参加型の手法が求められる。
 生徒の感想は概ね良好であったが、視聴覚教材でも参加型教材でも、調べ学習でも、ワークショップでも、「リアリティを伴う学び」を具現する困難に苦しめられた。
 また、今回は、ESD実践を環境学習として展開したが、その全体像はもっと幅広いはずである。年間カリキュラムのすべての内容が問われるであろう。そうした視点での年間のシラバスの検討も、今後の課題である。



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